この前、海の近い場所に居を構え、リモートワークで銭を稼ぎ生活しているという友人の家にお邪魔して酒を酌み交わす日があり、自分にとって革命というか、これがターニングポイントであって欲しいというか、そういう日だった。

思うところを徒然なるままに。

まず自分の事を話そう。

自称であるから別に信じられないだろうし信じなくても別にいいけど、俺は仕事が出来る。結構出来る。ホワイトスーツ寄りだけど、2階層くらいレイヤーが上の人達が抱えてる勝利条件と課題を、少ないヒントから理解しつつ、下の人達がやるべきことを調整して、パス出来る。たったこれだけの事だけど、出来る人は案外少ない。俺に足りないのはデリカシー。上のレイヤーと感覚が同化し過ぎて下を駒としてしかみない瞬間があるのは控えたいと思ってる。が、まぁそういう課題が見えてるので良しとしよう。

新宿、青山、目黒。今はまた新宿で働き、屍を踏み付けて今日も生きている。

強くあろう、優れてやろう、組織の価値を上げてやろう、なんてここ数年は鬼のようだった。何も変える事が出来ず、心を崩し、半年ほど真っ暗闇だった。そしてそこからまた立ち上がる事ができて、その半年は苦しくも必要な時間だったと思う。

しかし、また今は本邦が誇る眠らぬ地獄で人にあーだこーだ言う仕事をしている。もはや肩も腕も大きくなったこの仕事においては、ある程度ならどこまでも楽勝なのでまぁ収まるところに収まってしまった感じだ。

もちろん心構えは全く違う。俺はこの矮小な志よりも俺の心や身体が一番大切だから休みたくなったら休むし、辞めたくなったら辞める。交渉して給料が上がらないなら良いところを探す。伝手もある。だから俺は俺を大切に生きる。

しかし、だ。
それでも結局、この日常はこの地獄で石を積み続ける事を選んでるのだろうと思う。積みたくなくなったら積まないし、崩したかったら崩す。そういう種類の地獄に変わっただけだ。

そんな折に、冒頭の友人の部屋にお邪魔した。

その部屋には何も無いと言って良いほど何も無く、仕事部屋にデスクとパソコンがあり、寝室にベッドがあり、リビングに少し大きめのソファーがあり、それ以上は何も無い部屋だった。

趣味が無くて困ってる、なんて言ってた。しかも理由は「聞かれた時に困るから」だ。

穏やかで優しく、ゆっくり喋り、時に何も喋らず、少し笑う、素敵な人だ。

本人曰く、親から感情の起伏がないと言われた事がショックだった、との事だが、今思うのは、それはそれがきちんとあなたであって、俺はそれを美しく思うということだ。

休みの日は何をしているのか?と聞いた。今思えばこれも野望な質問だ。友人は「お散歩かな」と答えた。

だから、次の日、この季節にしては暖かく、太陽が射す海沿いを一緒に散歩した。

どこからどう見ても海。

ゆっくりと輝く太陽。砂浜。海。水平線。遠くに見える船。海に反射する太陽。

それは人生でも数えるほどしかない程の幸福な時間だった。

思ったより人はいて、でも騒がしくなくて。道沿いを自転車で走る人。ビーチバレーをする人。全く知らない球技かなんかを上手く遊ぶ人。小さな波でサーフィンを楽しむ人。ビールを飲んで海を眺める友人と俺。

そこには積むべき石がそもそも存在していなかったのだ。風に吹かれ波に揺られ砂になっていた。

その日の自分にとって、その場所と時間は「特別なもの」だったが、友人にとっては日常の一部なのだろうと思うと、とても羨ましく、自らを省みるには余りある経験だった。

ここまで色々なものを貰って、何も与えられてない事に自分の小ささを哀しく思うけれど、きっとその友人は何も欲しく無いのだろう。少なくとも俺なんかからは。

だから、頑張ってる姿とか、それすらもいらなくて、ゴキゲンで健やかであれば十分で、俺もそうありたいと思った。

俺は友人に「これは趣味だよ。大趣味だ。」と伝えた。その言葉は、その日で俺が唯一、友人にあげられたものかも知れない。

良い照明が見つかると良いね。またお邪魔するよ。

さて、時を同じく、所変わって。
友人、と言うには憚れるので友人の友人と言わせてもらうが。

健康でいること以上に必要なことなんて、無いんだろうなぁ、と思う。いつだって失うことは哀しいからね。

ゴキゲンで、健やかで、それ以上を求めない人間でありたいし、友人にも、友人の友人にも、友人の友人の友人にも、そうであって欲しい。と切に願う。

何も進まず、変わらず、成長しない自分が恨めしく思うかも知れないけれど、それに気付ける自分はきっと、ずっと変わり続けてきたのだから。

もちろん頑張る事に報酬は発生するべきだし、頑張る事は素敵なことだ。でも、心は穏やかであるべきだと思う。

暖かい日の下で、ビール片手に海を見て、何も起こらず今日が終わる。生きている。それを幸せと呼ばず、なんと呼ぶか。

それを忘れずにいたいと思った。

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