源次郎尾根〜光と影〜(今夏の2つのガイド山行から)
剱岳・源次郎尾根。
これは素晴らしいバリエーションルートだ。
「別山尾根から剱岳を登って初めて、本当の剱岳登山のスタートラインに立つ」
これはガイドの先輩が言っていた言葉だが、全く同感だ。
今シーズンいくつかのガイド山行で源次郎尾根を登ったが、そのうちの好事例と敗退事例を書き残しておきたい。
〜好事例〜
すでに別山尾根からの剱岳を経験済みで、日頃からトレランもされ、最近ではクライミングもされているお客さま。
理想的な経験値をお持ちです。
出だしの渋滞。
この尾根の最初の核心部は、登り始めのこの岩場である。岩登りorクライミングの経験は最低限必要で、それなしでここに「来てしまった」登山者はここでハマる。
先行パーティで、スリングを引っ掴んで無理やり登ろうとして足を滑らせたおばさんを見る。
危なくてしょうがないので、四つん這いになって踏み台になってあげた。(そこまでする⁈)
体力と技術の両輪をバランス良く兼ね備えたお客さま。
良いペースで源次郎尾根を登っていく。
気づいたら先行パーティを全てぬいて、この日の源次郎尾根の登行パーティのトップに立っていた。
源次郎尾根1峰頂上から八ツ峰をバックに写真撮影。
2峰からの懸垂下降もスムーズに。
頂上での記念撮影も軽やかですねー♪
歩きながらさかんに「風が気持ちいいなー」と涼風を感じておられた姿が印象的でした。
〜敗退事例〜
「源次郎尾根敗退」って言葉自体があまり聞いたことがない事態でした。
まさか自分がその当事者になるとは…。
まずは「出だしの岩場」である。
そこで今回のお客様はハマった。
登れないお客様に対して上方に位置するガイドは、掴むべきホールドやスタンスのレクチャー。
あるいはお助けスリングの設置などを行う。
しかし、それでも大苦戦。最後はロープを駆使してなんとか這い上がってもらった。
この尾根は、下部に主に3つの小岩場があるが、その3つ目も意外に傾斜があって難しい。(普段からクライミングをやっている人にはなんてことない)
ここでも、レクチャー通りの動きを再現できず、ロープを引っ掴んでも登れない…。
この時、僕の頭の中には「あり得ない選択肢」が起こり始めた…。
「敗退⁈」
あまりにも登れないという現実を前に、「それでも、まるで荷物を引っ張り上げるようにして引き上げることに意味はあるのか?」
例えばロープで縄バシゴを作って登らせるというやり方もあるにはあっただろう。
がしかし、それで登頂させても、お客さまはそれを良しとするのか?あるいはガイドとしての自分自身はそれで納得するか?
数十分の逡巡ののち、お客さまに敗退するかどうかの意向を聞いてみる。
ガイドとしての素直な思いを伝えた結果、お客さまの同意のもと、ここから退却することに決めた。
良い天気のもと、剣沢雪渓をトボトボと小屋に向けて歩く。
この「敗退感」は、ガイドもお客さまと同等に感じる。
同業者の間でも、今回の判断は賛否が分かれるだろう。
しかし僕は、「どういう手段を使ってでもお客さんを頂上まで登らせるのが正しい」とは思わない。
『剱バリエーションの厳しさ』というものがある。
剱岳のバリエーションルートを登るための努力をしてきた者は、登れ、そうでない者は登れない。
ただそれだけのことだ。
ガイドは「少し足りない」お客様のサポートは行うが、「全く足りない」お客様のサポートはしない。
「だって、無理やり登らせたその先のお客さまの未来はあるか⁈」
僕は、そのように思うガイドである。
(剱岳の山岳ガイド 香川浩士)
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