【物語】変遷世紀

※実在の国名や建物の名前などが使われていますが、もちろんフィクションであり、名前をお借りしただけです。


○二十三世紀○

 偶然。
 私は、マリアと呼ばれていた。

 思春期も、今も、ずっと、ずっと、ここにいる。

 スペイン、バルセロナ。

 この建物を造っている、職人であった。

 眼前に聳え立つその建物。
 遠い遠い昔、人々の心を支配していた神様のための建物。
 つまりは教会と呼ばれた建物らしい。

 何百年も前から造られ続け。
 何百人もの職人の手が加えられた、建物。

「よし、こんなもんかな、今日は……」

 自分の手を止めるきっかけのために、一人、声を出す。
 何人もの職人が働いていた時期もあったらしいけど、でも、今は、私一人。

 この建物を造る意義が失われつつあった。
 神様は科学に置き換わり、この教会の周りには高層ビルが立ち並ぶ。

 作業自体も、管制室でロボットアームを制御するだけなので、私一人で十分なのだ。

 いくつもの尖塔からなるこの教会。
 それよりも高い周りのビル群。

 昔は観光のメインであったそうだけど、今となっては、地元の人が待ち合わせ場所にする程度。

 一部の物好きによる出資と、国からの形式的なわずかの資金で、現在この教会は造られている。


 何故私は、ここで、この教会を造り続けるのか。


 約束であった。

 私ではなく。
 誰かと、誰かの、約束。

 先代の職人であった、私の師にあたる人に見せられた、数枚の手紙。

 誰かと誰かの約束が記された手紙。

 私はその約束を守るために、この教会を、建てる。

 時が、人が、変わっても、変わらないこと。

 ふ、とため息をつき、席を立つ。

 今夜は、友人との外食の予定がある。

 立ち並ぶビルに隠れ太陽そのものは見えないが、空は綺麗なオレンジ色に染まって。

 あ、ここを待ち合わせ場所にする地元の人、って、私なんだけどね。

 作業着から少し小奇麗な格好に着替えた私は、その教会の前で彼女を待つ。

 そしてこちらにやってくる彼女の姿が目に入る。

 私よりも綺麗で高そうな服。
 育ちの良さが表れた顔立ち。

 こちらに気づき、軽く、手を振る。
 ゆるくウェーブのかかったブロンドがゆれる。
 少しきつめの、青い瞳が、ほほ笑む。
 イサベル。
 私の幼馴染。

「お待たせ」
「ううん、作業してたから、大丈夫」
「毎日毎日飽きもせず」
「仕事だからね」
「ふぅん」
「約束だから」

 彼女はこの国の議員の一人である。
 多忙な毎日を送っている。
 だから、こうやって一緒に外食できるのも、月に一度くらい。

 変わらない日常を生きる私たち。
 会話の内容は毎回似たようなものである。

「さ、今日はどこ行こうか?」

 駅前に向けて歩を進める。

「鍋がいい。寒いし」
「イサベル、鍋好きだね」
「鍋料理こそ郷土料理の頂点」
「……うん、分からんでもない」
「辛いのがいいな」
「でもこの前も鍋だったからねぇ」

 そして、歩きはじめた私たちの道をふさぐように、その女性は立っていた。

「ねえ、ちょっと、かくまってよ」

 仁王立ちで、私たちの目の前に立つ彼女。

 腰まである、まっすぐのブリュネット。
 ぱっちりとした黒い瞳。
 濃い灰色のトレンチコートを肩に着て。

「あと夕飯おごって」

「……?」

「イブです。芸術家です」
「あ、職人のマリアです」
「どうもどうも」

 その人はイブと言った。
 芸術家であると。

 不思議と、彼女に対する初対面の拒否感は湧いてこなかった。

「いや、いやいやいや。え? 誰?」

 イサベルは違ったらしい。

「芸術家のイブです」
「あ、イサベルです。じゃなくて。どういうこと」

 それが、私たち3人の出会いであった。


 世界は平和であった。

 今現在戦争をしている国は無い。

 この国について見てみれば、各国との国交は良好。

 政治家たち、イサベルたちが、うまくやっているらしい。

 私はあんまりそういうのに関心が無くて、それこそ、爆撃とかでこの教会が崩れたりしなければそれでいいかなーとか思ってて。

 変わらぬ世界。
 変わらぬ人間関係。

 だから、イブは、私にとっての、変化、異常、そのものであった。

「いいじゃん。行こうよ。鍋だけどいい?」

 変化を受け入れること。

「いや、え、マリア?」

 変わらないということ。

「ごちそうさま!」

 この日は結局、3人で、駅前の郷土料理のお店に行って。

 ちょっとお酒も飲んで。

 お金はイサベルが払って。
 家がお金持ちだからね。

 世界は平和だった。

 イサベルと別れて、イブは今夜はうちに泊ることになった。

 帰り道、その教会の前を通る。

「ねえ、見てこれ。きれいでしょ」

 闇をなくした夜の街。
 人工的な周囲の光で、教会は怪しくそびえる。

 私はそれを自慢げに、イブに見せる。

「……うん。まだ、こういう造りの建物って、残ってるんだ……」

 尖塔の先を見上げ、私たちは息を飲んだ。

「残ってるも何も、完成すらしてないんだよ」
「え?」
「何百年も前から造ってて。今は私が造ってるの。これ」
「なんで?」
「約束だから」
「へぇ……」

 気づけば息を荒げ、私はイブに語りかける。

「これね、完成は近いよ。ひょっとしたら私が完成させられるかも、とか思ってるんだ!」
「うーん、もうこれで完成、って言っても、誰も分からないと思うけど」
「それじゃ意味無いんだよー。約束だからさ」
「約束、ねぇ」

 なんだかよく分らないけど、妙に意気投合して。

 イブもしばらくはこのあたりに滞在するらしい。
 かくまって欲しい何か、の目は逃れられてるみたいだ。


 それから、また、数か月。

 ほとんど変化の無い日常。
 私は教会を造り続ける。

 管制室のモニタ越しに見える青空。

 普段、昼間は、イブは別のスタジオを借りて絵を描いているらしいけど、その日は昼間から、私と一緒にそこにいた。

「もう、あんまり意味無いよね、これ」
 ぽつり、と、イブが言う。
「まあ、ねぇ」
「昔は、この空を支配したんだろうけど。この建物。でももう、空を切り取るのは周りのビル群だもん」

「変わったんだね、人間」

 それでも、私のすることは変わらない。
 この教会を完成させる。

 約束にしても、何にしても、何かを守るためには、人は変わってはいけないと思う。
 しかし、何かを生み出すとき。
 何かを創りだすとき。
 その時、人には変化が求められる。

 だから世の中は変わるし、私は変わらない。


 さて、その日の晩もまた、イサベルと待ち合わせていた。
 また3人での食事。

 何でだろうか、また鍋。
 辛いの。

「イサベルさんさぁ」
 野菜を取り分けるイサベルに、突然、イブは少し喧嘩腰で言った。

「分ってるんでしょ、私がどこ出身か」
「……まぁ、ね」
「最初に会った時、私は誰からかくまって欲しかったのか」

 ここ数カ月、一緒にいたから分る。
 イブの表情は目まぐるしく変わる。

「実際のとこ、どうなのさ」
「……べつに」
「ここにいちゃまずい、って言うなら、すぐにどこか行くよ。この国でも私の芸術は理解されなかった。それだけのことだからね」

 世界は平和になったはずだ。

「そういうさ、余計なことは考えなくていいんだよ。議員としての私は知らないけどさ、私、イサベルはあんたの友人だ」

 教会の完成は近い。



○二十一世紀○

 これは……あれだ。
 走馬灯という奴だ。

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