香川藤花
香川藤花が学生時代に書いた拙い物語集。 稚拙ではありますがなんとも言えないエモさみたいなのがあると思います。 学生時代に書いたものはまだありますので、見せられる状態になったら随時追加予定。 最終的には10個前後になるかも。
平成最後の夏、その台風は奇妙な航路で日本を通り過ぎた。 すなわち、関東から上陸したのち、四国方面へ抜けていく。 いつもの台風の逆と言える。 そんな台風が、東海地方のとある田舎町の、産科医院を駆け抜けたその夜に、私はそこで産まれたのだった。 嵐が母を通り抜けていった。 小山内嵐。それが私の名となった。 私は幸福であった。 そこそこに裕福な家に生まれ両親の愛情を一身に浴び。 十七歳現在、地域では一番の進学校に通っている。 お手本のような幸福だ
※実在の国名や建物の名前などが使われていますが、もちろんフィクションであり、名前をお借りしただけです。 ○二十三世紀○ 偶然。 私は、マリアと呼ばれていた。 思春期も、今も、ずっと、ずっと、ここにいる。 スペイン、バルセロナ。 この建物を造っている、職人であった。 眼前に聳え立つその建物。 遠い遠い昔、人々の心を支配していた神様のための建物。 つまりは教会と呼ばれた建物らしい。 何百年も前から造られ続け。 何百人もの職人の手が加えられた、建物
世界という言葉が表す範囲が地球から宇宙に広がったころ。 かつての南極のように、月面に各国の研究施設が建設されて、いくらか経ったころ。 アメリカのような大きな国だと、既に月面に、研究施設だけでなく、地球からの移民街を形成したりしていたころ。 宇宙が、人の実生活に、だいぶ近づいたころ。 私、小牧シズカは、その宇宙で、二十一歳の誕生日を迎えた。 宇宙船から外に出て、宇宙を漂う。 胎児のように、宇宙船とケーブルで繋がれたまましばらく遊泳する。 空気の無い宇
「早く帰らないと……」 サチにはそう聞こえた。 しかし、先生は、その言葉には釣り合わない余裕を持った笑顔をしていて、とても帰りたいようには見えない。サチはその言葉を聞き間違えたのかもしれない。 海中では空気の代わりに水が振るえることで、音が伝わる。 あいにく、人間の耳は、水中の音を上手に聞き取ることができるようにはできていないのだ。サチが聞き間違えたのも仕方が無い。 二人は人間である。 先生はお医者様の格好をしている。 先生は人間で、お医者様であるが、
アラザンには毒があります。 アラザン。ケーキなどのトッピングに使われる、あの銀色の小球体。 見たら分かるでしょう、あれは人が食べていいものではありません。 あれはきっと、金属でできている。 銀のように輝き、鉄のように硬く、あるいは、きららのように脆く、そして水銀のように毒性のある、そんな金属で。 口の中で噛み砕かれたアラザンは無数の小片となり、その無数の小片は、ひとつひとつが小さなナイフのようなもので、口の中を、喉を、食道を、胃を、腸を、傷つけ、人を死に至