【中編小説】彩の旅 EP2 欲望解放境界域 ヴェンツ [中編]
Episode Ⅱ
欲望解放境界域 ヴェンツ
-Passions and desires-
Ⅲ
「……オレの名前はレオン。このヴェンツ帝国を憎む者であり、全ての欲望を克服する男だ」
レオンは胸を張って語った。
「そして、ようこそ我らがヴェンツ帝国へ。こんなトチ狂った国にやってきた客人としてオレは迎えるぜ」
なお、シエロは臨戦態勢を緩まず、ヴァリは再び刀を持ち、構える。
「なぁ、ちょっと待てよ。オレゃあ、こうして弓を置いたんだ。敵意がないことくらい証明できてるんじゃねぇか? なんならオレの隠れ家にでも招待してやっからよ」
シエロとヴァリは顔を見合わせる。果たして、コイツを信頼しても良いものか。人狼が凶暴に変化したのは間違いない。この人狼もいずれは旅人たちを食べてしまうのかもしれない。そう考えると、この人狼を信用するのは些か危険だ。
だが、どうして彼らがこうなってしまったのか、ヴァリは知りたかった。あんなに優しかった村人たちはどうしてここまで凶暴に変化してしまったのか。
「シエロ、この人信用してもいいよね? シエロもどうして村がこうなってしまったのか、知りたくない?」
シエロは何も言わない。何を考えているのかはわかない。ヴァリの問いにシエロは目を逸らした。無関心なのかもしれないし、「ヴァリが決めろ」という意味なのか、どうあれ今回の決定にシエロは何も関与しないようだ。
「じゃあ一つ条件がある」
「なんだよ。ここで自害しろとか言われても出来ねぇかんな? わかってるよな? ヴァリ」
ヴァリはお腹を両手で押さえて、にっこりと笑った。
「お腹、すいたの。ご飯用意してくれる?」
「……お、おう。もちろんだ」
***
車でおおよそ二時間くらい進むと、すでに夜が明けていた。平原の窪地に洞穴があり、その中はれっきとした居住空間だった。丸太の柱でなんとか空間を保っていたが殺風景であることには変わらず、穴の中には焚き火台とベッドらしきものが4つあった。
「まあ、適当なところに座ってくれや。今飯出してやっからよ」
そう言われた旅人二人は言われるがままに座る。
しばらくすると、何やら香ばしい香りが室内に広がった。
「ほらよ。粗末だが肉スープと粟飯だ」
木を削ってできた原始的な器で粗末に盛られたスープと飯。器の周りにはたくさん粟の粒が付いていたり、スープの油分が付着して油っこい。人間の世界で出されると、おそらくすぐに食欲を失うくらいには粗末だった。
「シエロ、食べていいのかな……。イルザちゃんのことを思い出すと、やっぱり……」
「……食べなければ死ぬぞ」
「生憎、調味料がねぇからなここは。旧人類はこういうスープとかのこんなくだらねェ料理にも味付けして食うんだろ? まったく、味覚なんてどうでもいいだろ! ってな!」
がっはっは! と牙を出して大笑いするレオン。
食事を出されてもなお、表情が暗いヴァリに、レオンはヴァリの肩を軽く叩いた。
「そんなに落ち込むなって。イルザもオマエに看取られてきっと幸せだったと思うぞ?」
「でも……」
最期の瞬間、確かにイルザだった何かは腕を上げたまま一瞬動きを停止させた。何かを言おうとしていたに違いない。
「イルザは、ここで初めての友達ができたとよく話してたんだぜ? といっても、あの村の連中にバレないように夜中しか話せなかったがな」
「レオンさんは、イルザちゃんが亡くなって悲しくないの?」
「オレら人狼にはそんな概念はねェんだよ。死を悼むことはあっても旧人類のテメェらとは違って、死は断絶と訣別を意味しねェ。次の人生が待ってんだよ。だから、ああなったイルザもきっと嬉しかったと思うぜ? 死人に口なし、だがな」
口調は素朴ではあるが、これは紛れもなくレオンなりの気遣いだった。
「そうだよね! イルザちゃんもきっと……」
涙を拭って、ヴァリは精一杯の笑顔をレオンに見せる。
「死を悼むのも悪くはねぇが、そろそろ前に進まんと、この先の人生やってらんねェぞ?」
──シエロは、やはり無表情だった。
しばらくして、シエロとヴァリが食事を終えると、ため息をついてタバコを口に咥えて
「さて、メシを食い終わったか? 実はオレがテメェらをここに呼んだのには理由がある」
タバコを咥え、煙を吐く。舌打ちを一度した後にレオンは口を開いた。
「この辺一帯は、中央平原と呼ばれる地域だ。ヴェンツの中央平原の中心には、ヴェンツ城塞というバートリー女王が居座る城がある」
「バートリー女王?」
ヴァリの問いに、そうだ、とレオンは首肯した。
「だが、この女王は厄介でな。魔術が使えンだよ。そんでもって城塞内の生命体は全て"魅了の魔術"で洗脳してやがンだよ」
魔術。神代の時代より地球の中で胎動する生命力の流れ。それを駆使して理論的に行使される地球そのものの神秘……と言われていたもの。
魔術を使用できる境界域にもばらつきがあり、魔術の種類や定義、メカニズムなども異なる。少なくともシエロが生まれたブリテン境界域には魔術は存在していた。尤も、シエロには魔術の使用はできないのだが。
「それって、あの村の壊滅に繋がってるの?」
「いや、あれは別の魔術だ。あれは"欲望を呼び起こす呪い"だ。月を血塗られた紅に染めて、オレたち人狼の全ての欲望を呼び起こす禁呪だ。あれにかかってしまったが最後、人狼は自分のアイデンティティごと消滅しちまう──もちろん、オレも例外じゃねェさ」
欲望を呼び起こす禁呪。
「呼び起こされる欲望って例えばどんなもの?」
ヴァリの鋭い質問に、レオンは口元を綻ばせた。
「特に食欲と性欲だ。そもそも今の人狼(オレ)は本来の姿じゃないンだよ」
***
レオン曰く、今のバートリー女王による圧政が始まる前はヴェンツにする者は全員人間であったという。人狼など存在しなかったと言われている。
だが、今となっては昔のことだが、オーロラが現れたあの時、その直後にヴェンツには大寒波が発生した。
シエロからしたら、それは無論26年前である。地球の大変動が起きたあの時にこのヴェンツの運命は変わってしまったという。
その時にはレオンもイルザも生まれてすらいなかったが、この時に大寒波の影響で食物がとれず、飢えに苦しむ民の暴動の影響で暴動の関係者は全員人狼にして呪ったとされている。それと同時に、魅了の魔術をかけて、女王の意思に背かない体制を作り上げたとレオンは語った。
今の旧人類と言われている種族はバートリー女王に対しての圧政に賛成する者あるいは下級臣民であり、その存在を肯定する者。城内の人狼は、魅了の魔術にかかっており女王の臣民だが、城塞の外に人狼は何かしらの理由で魅了の魔術を破り、圧政に逃げ出した者である他ない。
***
一通り話し終えたレオンはタバコを真ん中の焚き火に放り捨てた。
「村人たちの歓迎の歌を聴いてたからわかると思うが、あの村は反女王派だったからな。テメェらふざけンなよってことで、あんなふざけた魔術をかけたンだとオレは思ってる。言ってしまえば粛清ってヤツかね。噂によるとテメェらと同じような余所者がバートリーと手を組んでるって話だからな」
「じゃあ、なんでレオンさんは欲望を克服しようとしてるの?」
続くヴァリの質問に、レオンは得意げに答える。
「そりゃあ、欲望は"自分勝手"だからさ。欲望とはどこからともなく現れて、テメェを怪物に変えちまう。オレはそれが厭なんだよ」
「つまり、レオンさんは誰にも迷惑をかけないために、欲望を克服しようとしてるんだね?」
「そうだ」
シエロは相変わらず、無表情で腕を組み話を聞いている。
「さて、次はシエロさっきから何も言わねェけど、テメェからはなんか質問はねぇのか?」
シエロは眉間に皺を寄せる。シエロがレオンに示していたのは明らかな怪訝だった。
「僕らをここに呼んだ理由は? きっと何も理由もなくここに連れてきたわけではないだろう?」
「いいねぇ、シエロ。話が早い。わかるヤツはやっぱり違うねェ」
胡座をかいていたレオンは、改めて正座に直して碧眼を真っ直ぐとシエロに見せた。
「女王を殺して欲しい。オマエさんたちの力だったら、女王の呪いやら魅了の魔術に対抗でき──」
「断る」
それはまるで刀のように、シエロはレオンの言葉を遮った。即答だった。シエロの目には迷いはない。彼の目には完全なる拒絶の色が浮かんでいる。
「──何故だ? イルザを失って、悔しいんじゃないのか。テメェらは。仇討ちとか考えねえのかよ」
声を震わすレオンにシエロは顔色ひとつ変えない。断ったことへの罪悪感や、レオンへの憐憫、人間が今抱くはずの殆どの感情すら感じさせぬ無慈悲な言葉がレオンを刺す。
「……イルザさんを失ったところで、僕らには関係ないし、たとえ、協力しても僕らに利点がない。それじゃあ、タダ働きだ。違うかな? そもそも僕らは異邦人だ。ここの情勢に関与するつもりはない」
それに、と付け足すシエロ。
「君は、全ての欲望を克服すると言っていたが……僕らに提案をしているということは、それを完遂"したい"という、れっきとした欲望だよ。欲望を消したいというのも一つの欲望。実に人間らしく、そして実に──思慮が浅い」
「シエロ、言い過ぎだよ。きっとレオンさんにも何か事情があるんだよ」
ヴァリはシエロの袖を掴んだ。シエロの言葉があまりにも鋭すぎたからだ。
「ヴァリは少し黙っていなさい」
ヴァリの制止をも振り切り、シエロは続ける。
「大体、家族に対して死人に同情しないのが彼の言っていたのに妹の仇討ちを求めるあたり、君はおかしいんだよ。君の言っていることは破茶滅茶で矛盾している」
シエロが発したのは紛れもなく言葉の棘、即ち、非難であった。自らの思い通りにいかないのか、ガルルルと牙を見せて唸るレオン。
「どうする? その鋭い爪で僕らを殺すか? 君の殺意は僕には通用しない。たかだか人狼一匹、僕の拳を前には"二撃は必要ない。一撃で事足りる"」
無表情で恐れることなく、シエロはレオンを煽る。歯軋りをしていたレオンは強ばった顔を緩め、殺気を消した。
「──正直に言うとだな、オレの両親はヴェンツ城塞にいる。今も女王の魅了の魔術で洗脳されて、魂も心も縛られてるんだ」
「だからなんなんだい?」
シエロの冷たい問いに、レオンは正座のまま手を地面につけて、額をも地面につけた。
「両親を……あのクソみたいなところから救い出してくれ。オマエらじゃないと、できねぇんだ」
シエロとヴァリは黙ってレオンの真摯たる土下座を見つめながら耳を傾けている。
「テメェらにとっては当たり前かもしれねぇが、オレは親からの愛を知らねェんだよ。愛されたことなんか一度もねぇ。こんなクソみたいな国に住んでて、生まれてこなきゃよかったと思ったこともある」
レオンは牙を剥き出しにし、鋭い目つきの中に涙を浮かばせていた。
「テメェら余所者には分からないだろうがよ、オレは一回でもいいから親に愛されたかったんだ。オレだけじゃねェ。イルザもだ。何にも縛られてない親に愛されてェんだよォオオオオ!!」
それは号哭だった。愛を知らずに生きてきた男の羨望と無念を込めた決して叶わぬ夢への絶望を表した号哭だった。
「同情を誘っても、僕は何も感じない」
目に涙を浮かばせながら、レオンは牙を剥き出しにしながらも必死に頭を何度も地面に強く打ちつけた。
「イタイ、イタイイタイイタイ! イタイ!」
額から血を流すレオン。
先程まで強がっていたレオンは、あまりにも狂気的すぎた。それは、まるで童のように、ただ両親からの愛を求めている純情であるようにも思える。
そんな人狼を、シエロは苦虫を噛み潰したような顔をしながら見ていた。
だが、そんな表情はすぐに破られた。シエロの横目にヴァリの髪が揺れるのを目撃した。
「もう、いいのよ」
涙を浮かばせた一匹の人狼に、少女は優しく手を添えた。
豆鉄砲を喰らったような顔に変わったシエロ。予想に反した出来事なのか、明らかに動揺している。
顔を上げる。そこにいたのは母親のような慈悲を浮かべたヴァリだった。
「──な、に?」
「もう、我慢しなくていいのよ」
レオンを抱擁する。毛が柔らかくてくすぐったい。優しさは、"決してシエロには及ばない"が、この子は確かに優しい。人を想って、自分を犠牲にしようとしている。
──そんな彼を、どうして放っておけようか。
報われない彼に少しでも今まで生きてきたことに対して、褒めてやるべきではないのか。
それが、少女ヴァリが下した決断だった。
「……ヴァリ、同情からは何も生まれない。君はそれをわかっているのかな」
レオンの肩を軽く二回叩き、抱擁を止めるように促す。その後立ち上がったヴァリは、後ろにいたシエロの頬を大きく、そして強く叩いた。
室内に響き渡るは乾いた破裂音。
「いい加減にしなさい」
表情に僅かな違いしか出さなかったものの、シエロは頓狂な顔を浮かべた。
「本当に同情から何も生まれないの? 同情することは無駄なの? 土下座をしてまで親を助けて欲しいとわたしたちに頼んでるのよ?」
シエロは目を伏せたまま何も言わない。
「大人として恥ずかしくないの? 同情の先に何もなければその時に考えればいいのよ。少しは頭を冷やしなさい。シエロ」
叩かれた頬を触るシエロ。彼は逆上することなく鳩が豆鉄砲を喰らったような顔を維持し続ける。"母親"のような毅然とした態度を取るヴァリを前に、シエロは呆然に暮れるしかなかったのだろうか。
──しばらくして、呆然としていたシエロはその顔を無表情に戻した。
「──それで僕は何をすればいいんだい。人狼」
「いきなりで申し訳ないが、明日の明朝ヴェンツ城塞に侵入する」
「具体的には?」
「守りが硬いから、シエロの拳とヴァリの剣が必要ってわけだ」
「君は僕の拳を見ていると思うが……デメリットはどうすれば良い?」
シエロの拳はたしかに強いが、大量の敵には対処できないデメリットがある。ヴァリの持っている刀や、レオンの弓矢と違って、リーチも腕の長さしかないので、槍などの長い武器をかわすのも難しいのも一つのデメリットである。
「硬いのは兵士の体力だ。なにせ女王お墨付きの門番だかんな。魔術的な洗脳や、補強魔術もしっかり施されてるんだろ。オレやヴァリの刀では貫通することはできないが、オマエの拳なら貫通できるかもしれない」
なるほど、とシエロは納得した。
確かに大勢の兵士を相手にするのは難しいかもしれないが、防御の硬い門番くらいならば相手にすることができる。シエロの狂殺拳は、そこが利点でもあった。
「突然、テメェらにこんなお願いをしちまって申し訳ねぇが……オレは一度でいいから親の顔を見たい。会って話がしたいだけなんだ」
「それはもうわかっている。ヴァリに叩かれて僕も決意したよ。微力ながら、ヴァリ共々、力になるよ」
「シエロのばか」
Ⅳ
明朝。車にレオンを乗せて、ヴェンツ城塞に向かって走り続けていた。辺りは一面平野が広がっている。木一つある気配もない。
進行方向には、何やら壁が見える。
あれがヴェンツ城塞だ。
「この辺に何もないのは、遠くを見渡せるようにする為なのかな。シエロ」
「多分そうだと思うよ」
ヴァリの疑問にシエロは即答した。
「レオンの話を聞いている限りだと、女王はとても几帳面に思える。いちいち侵入対策をしないわけがないだろう」
「その通りだ。シエロ」
話を聞いていたレオンが、後部座席から声を出した。
「女王はとても神経質だ。だから城塞付近の視界はクリアにしているんだ。もう多分オレらは女王に捕捉されているだろうよ」
「面倒臭いな……」
しばらく走ると、門の前には二つの人影が見えた。
「……人間?」
門番は人狼ではなく、人間だった。
「ヴェンツ城塞は聖域だからな。人狼は中に入ることは許されないし、城塞から外に出るということは一生中に入れない」
門の前に車を止めると、すぐさま門番のうち一人がこちらに向かって歩いてきた。
「何者だ」
「女王陛下に謁見するためにここにきました」
無表情なまま、シエロは門番に言った。
「要件はなんだ」
「後ろの荷物を届けるためです」
門番はしばし考えて改めてシエロに訊いた。
「貴様は人間か?」
シエロは口を噤む。
「シエロ?」
ヴァリが不思議に思う。自分が人間であるかどうかの問いに直ぐに答えなかったからだ。
戦闘は必ず起きる。そう、覚悟を決めたその時だった。
「いやいや、こいつらはオジサンの連れですよ。門番さん」
背後から、ふと声がした。
そこには、猿のような顔をした胡散臭い男が立っていた。
「貴様、何者だ」
「ベン=マンキッキーと。ここらで野宿をしていたただの旅人ですよ。そこにあるのは、女王陛下に捧げる酒樽がわんさか積み上がっているのですよ。よかったら、オジサンの荷物を見てくれるとわかるかな?」
言い終えたベンという男は、自らが引っ張ってきたリアカーの包みを解いた。
彼の言う通り、リアカーには酒樽が積まれていた。
「通ってよし。くれぐれも問題を起こさぬように
Ⅴ
街の中は、至って普通の光景だった。
城壁に囲まれた街は、石畳でできた道に木製の家。文明は確かに築かれていた。
「シエロ、普通の街だよ。ちょっとおしゃれに見えるの、わたしだけかな?」
「ああ、そうだね」
シエロは無表情で答えた。
こっそりと後部座席から窓の外を覗き込んだレオンは眉間に皺を寄せた。
「ここにいる連中は、全員女王陛下を崇拝していやがる。正直、ここからオレの親を探すのは困難だと思う。ここに自由意志があれば、本当に理想郷なんだがなぁ」
レオンの独白に侘しい気持ちになるヴァリ。シエロは無表情で、車を止める。
「ところで、さっきのオッサン。テメェらの知り合いか?」
「僕は知らない。助けてくれたのなら、幸運としか思うしかないね」
冷たい態度でレオンの質問に返すシエロ。
入り口で、城内に入る手引きをしたあの猿のようなオジサン。
「……なんだろう、どこかあの人見たことある気がする」
心臓がくすぐられる感覚。ヴァリは確実に会ったことはない。にもかかわらず、どこか懐かしいものを感じていた。
「ぃやっほー!! ご機嫌いかがかな?」
と、運転席の窓の外にいるオジサンが満面の笑みで手を振っていた。
「オジサンの助太刀、どうだった? すごかっただろ! いやぁー、そこまで誉めなくても良いんだぜ?」
「何も言ってませんが」
オジサンの独白をバッサリとシエロは切り捨てた。
「ところで、貴方は誰ですか? 僕らを助けた目的は?」
「さっき言っただろう? ハナシを聞いてなかったのかな。オジサンの名前はベン=マンキッキー。この世界のどこかで本を編纂している、しがない旅人だ」
「ベン=マンキッキー……?」
名前を繰り返す。ヴァリにとって、どこか聞き覚えのある言葉。しかし、どうしても思い出せない。
そんなヴァリを気にすることなく、ベンは続けた。
「ここでキミたちを助けたのは、オジサンの気まぐれさ」
「おたくの名前は? オジサンは名乗ったぞ」
シエロは少し黙った。自分の身分を明かすのは、危険だと判断したのだろう。相変わらず無関心そうな顔で、再びベンの顔を見る。
「シエロ=アンダーウェイ」
と、シエロの名前を聞くと、ベンは目を大きく見開いた。
「これは驚いた。キミは──」
「僕のことを知っているのですか?」
「──いや、オジサンのトモダチに似てただけだ。会えて嬉しいと思ったんだがなぁ。残念だ」
ベンは少し悲しい顔をした。
「そちらのお嬢さんは? 随分とまぁ、可愛らしいお嬢さんじゃないか」
ヴァリは何も答えなかった。今までの例でいけば、ヴァリはベンに自己紹介をするはずだ。しかし、彼女は険しい顔をしている。流石にシエロも異変に気づいた。
「ヴァリ?」
シエロの言葉に我に返ったヴァリは、再び眉を顰めた。
「わたし、ヴァリ。アマレヴァリス=イヴェット。シエロと一緒に旅をしてる」
「うんうん、とても可愛いお嬢さんじゃないか。そんなぶっきらぼうな顔しないでさ、ほらほらもっと笑って笑って」
ベンはヴァリに笑顔になることを促しているのにも関わらず、その彼女は無表情でベンを見つめていた。
「ねえ、ベンおじさん。わたしとおじさんって、どこかで会ったことない? 気のせい?」
一瞬、ベンの顔が凍ったような気がした。
「──ん? ああ、オジサンと? 似たような人は見たことあるけど、残念ながらお嬢さんには会ってないなぁ。もしかしたら前世でオジサンに会っていたりとか? なんちゃって」
自分の発言を辱めるように、ははは、と苦笑いをするベン。シエロは横目で怪訝な顔をしてベンを睨みつけていた。
「おい、オレは除け者か?」
後部座席に座っていたレオンが声を上げた。
「ベンのじいさんよ。オレの名前はレオンだ。こいつらには親探しを頼んでいるんだ」
「へえ、そうかい」
ベンは腕を組んで、目を伏せる。
「オジサンがレオン君の親探し、手伝おうか? 急に現れて信用できないとは思うが、旅人はお互いを助け合ってなんぼだろ。それに──」
怪訝な顔を見せるシエロにベンは笑顔で続ける。
「──これも何かの縁だし、ね? シエロ君?」
何か、懐かしく温かい表情を見せるベンだったが、さらにベンは続けた。
「レオン君のご両親を探す代わりに、オジサンにも協力して欲しい」
「……内容による」
シエロの無慈悲な一言がベンの胸を刺す。
「オジサン、訳あって女王陛下の城に潜入したくてね。その手伝いをして欲しいんだ。レオン君のご両親ももしかしたら、そこにいるのかもしれない。どうかな? シエロ君、レオン君。お嬢さん?」
呼吸すら許されないほどに張り詰めた空気。
決定権を持っているのは自分ではないことを自覚しているのか、シエロは真っ直ぐに視線を固めたまま、何も言わなかった。
「……じいさんが手伝ってくれるなら、それに越したことはねェよ」
「交渉成立だね。レオン君」
ベンは笑顔で握手の手を差し出してレオンに言った。
(To be continued...)
あとがき
どうも、カガリです。更新遅れて大変申し訳ありません。第二章中編公開でございます。
第二章、実は大幅にボリュームがアップしてしまいました。本当は中編なんて入れる予定はなかったのですが、中編だけで大体8500字にまで達してしまったので、予想以上に文字数を増えてしまいました。
もしかしたら、いらない描写もあるのかもしれませんが、純粋な旅の記録としても楽しんでいただきたく、カットせずにそのまま公開いたしました。
今回初の試みとなる挿絵も挿入しました。イラスト担当は私ですし、キャラクターデザインも私が担当しております。
獣を描くのは正直初めてでしたが、どの部位がどこにあるのかをちゃんと明確にラフを切ったことで、うまく描けたかなと思います。
暇があったら描いてみてください。そのうち設定集も公開すると思います。
……そういえば、最後にサルみたいな顔の変なやつが出ましたね。
見かけや言動からすごく怪しいんですが、
──あの人一体何者なんでしょうか?
かがり
All Illustrates copyrights by Nagamasa_Kagari
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