【中編小説】Fairy Tale(Novel Edition)Day 1 -Dover- intro.
intro.
グロスターの城門を抜け、ブリテンの南部平原を歩く。
ブリテン最東端にあるドーバーに行くには、まず南部海岸に出る必要があり、海岸に沿って歩かなければならない。しかし、ノルマン領域とブリテン島の狭間にあるラ=マンシュ海峡は風が強く、徒歩で進むのには適さない。
平原を歩く手もあるが、途中に南部平原を東西に分ける『ヒマラヤ山脈』が存在し、近くにはエベレスト山という火山も存在する。
だが、山を経由すると山間にオックスフォードという村がある。一泊そこに停泊するのも一つの手だ。
しかし、ウンディーネの体力が持つかどうか……。
「何? わたしの心配をしてくれてるの?」
「うん、まぁ……バイトのこともあるし」
「バイトなんて趣味でやってるようなものだし。最初からいなかったことにすればいいのよ」
いやいやいや。そんな無茶苦茶なことある? まるで"お姫様"のような言い方だった。
「魔術か何かで消すんですかね?」
「そうよ。悪い?」
都合が悪ければみんなの中から自分についての記憶を消すなんていう荒業は、秘術を使う妖精の王族、もしくは魔術を使えるごく少数の人間だけだ。
こいつのやってることと、言ってることは無茶苦茶だ。
「そんなことより、ドーバーにはどうやって行くのよ。ヒマラヤの山を越えるのだけはまっぴらよ。気持ち悪いったらありゃしないわ」
そう、ヒマラヤ山脈は呪いが渦巻いているのだ。ヒマラヤ山脈を超えてブリテンの東に行くのはウンディーネが拒んでいる。
グロスターから北は妖精圏スコットランドだ。このまま北上して、妖精圏に入って、エベレストをなぞるように迂回し、南にすすんでドーバーに行く手もあるが……二人が妖精に襲われる可能性もある。もう、南部海岸を目指すしかなくなってしまった。
「わかった。ウンディーネさん。南部海岸を目指そう。ちょっと風が強いかもしれないけど、僕についてくれば大丈夫だよ」
「まあ、頼もしいわ」
長旅になるだろう──と大きくため息をついたその時だった。
「ドードー、ドー!!」
幌馬車と共に,胡散臭い男の声が聞こえた。
「こんな深夜にグロスターの街の近くで何をしているんだい?」
幌馬車の運転席の方を見ると、見覚えのない顔つきの男がいた。
「誰ですか、あなたは」
声をかける間も無く、鋭い質問を投げるウンディーネ。
「オジサンはベン=マンキッキー。これから急ぎであの山脈を越えなければならない、ただのしがない配達人さ」
この胡散臭い男の言葉、ウンディーネにはどう見えているんだろう?
──案の定睨みつけている。彼の言っていることは嘘のようだ。
「ねえ、あなた何者なの? 何が目的なの?」
その反応もわかっていたかのように、ベンは
「やだなぁ、お嬢さん。そんなガメツイ顔で睨んだら、可愛いお顔が台無しだぜ?」
なんとも言えないような笑顔で、ベンは二人を見ている。
「キミたち──ほら……あれだろ? あの山脈を超えたくて困っているんだろう? もしそうなら手伝ってあげるよ。幌馬車あると何かと便利でしょ」
「話を逸らさないで。あなたは何が目的なの?」
ベンの言うことを聞かずに、ウンディーネは強くベンに訊く。
「まったく……相変わらずごまかしが通用しないのはよくないねえ」
それに気圧されたのか、ベンは大きくため息を吐いた。
ここまで鋭く指摘されても、ベンは一切動揺していない。まるでこう答えるのをわかっていたかのようだ。
「オジサンは干支団っていう本を読むブラック企業に勤めてるただのしがない旅人だ。これから──ほら、ドーバーに行って、人に会ってくるんだよ」
「大ブリテン図書館の司書?』
ウンディーネは、未だ警戒を解かない。
「違うけどまあ、そんなところかな。でもまあ、そのあとは暇だから、キミたちの場所に送り届けても問題ないさ」
やれやれ、と言わんばかりにベンは目を逸らす。
「んで、乗っていくのかい? 乗っていかないのかい?」
──なぜだろう。ベンの優しい言葉にわずかながら殺気を感じられる。
眼の奥にある殺意を感じる。選択肢が一つ壊されたような気分だ。
ベンは、乗るのか否かを聞いているわけではなく、『乗れ』と遠回しに強要しているのだ。
「乗ります」
「アレキサンダー!」
「どのみち、ドーバーに行く予定だったんだ。乗せてってもらえるだけありがたいだろ」
ベンの口元が三日月のように歪む。悪意は感じられないはずなのに、ベンの挙動はなぜか不気味だ。
その理由がどうしても掴めなかった。
ベンに促されるまま、幌馬車に乗る。
中は思ったより狭くなく、ゆったりとしている。
「長旅になるから、寝ててもいいよー」
前方から聞こえるベンの言葉。
幌馬車は走り出した──が、振動は全く感じられない。幌馬車の中身だけが、まるでブリテンから隔絶されているような気もしなくもない。
どうも、形容し難い変な気分になった。
「ねえ、アレキサンダー」
「なんだい?」
「ベンっていうおじさん、なんか不気味じゃない? この幌馬車に乗ってよかったのかな?」
「同じことを伯爵にも感じてたよ」
──もしかしたら殺されるかもしれない。
そんなことを思いながら、アレキサンダーはベンの様子を窺う。
***
夢を見た。
あの日、あらゆる人間、妖精は絶望した。
4年前の⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎の災厄。
第五次妖精戦争最大の災禍とされる事件。
戦争中に、エベレスト火山から黒い巨人が現れたのだ。
その巨人を見た人間、妖精は絶望した。
──あれは呪いの塊だ、と。
どうあれ回避する術はない。あらゆる人間、妖精は発狂し、助けを求める中、アレキサンダーはなぜか街を歩いていた。
巨人が、街の上に蹲った。
その瞬間、アレキサンダーの映像が途切れてしまった。
***
──ふと、目が覚める。
ベンの様子を伺っている間に眠っていたようだ。
あるいは、幌馬車に眠るような細工が仕掛けられていたのか。
夜はすっかり明けていた。
嫌な夢でも見ていたのか、冷や汗をかいている。
ウンディーネはぐっすりと眠っている。
「起きたかい?」
「ええ、まあ」
ベンの言葉に、ややそっけない態度で返す。
「ぐっすり眠れた?」
「よくない夢を見ました」
「そうかい……」
沈黙が流れる。
しかし、決して厭な沈黙ではなかった。お互い、何を言えばいいのかわからない。前向きな関係の構築のための心情の読み合いだった。
「そういえば、キミの名前はなんだい? 昨日聞き忘れていたよ」
ベンは純粋な疑問をアレキサンダーに訊いた。
「僕はアレキサンダー。第五次妖精戦争によって荒れているブリテンの平定を目指している」
「ほぇー、それは御大層な志じゃないの。オジサン、ちょっと感動しちゃったな」
「いつから、そして一体どうして、平定を目指しているのかはわからない。気づけば『そうするべき』──あるいは、『そうしなければならない』と思うようになった。
昨日の夜、ある人に『お前には意志がない』と言われたよ。全くもってその通りだと思う」
ベンはため息をついた。
「それってさ、なきゃいけないモノなのかね? ブリテンを平定する! したい! と思うことが、大切なんじゃないの?」
「え?」
ラルド伯爵との真逆の解に、思わずアレキサンダーは聞き返してしまった。
「ブリテンの平定の動機なんて、どんなにちっちゃいことでも、どんなにくだらないことだっていいんだよ。ブリテンの歴史を知っているなら尚更、ブリテンの平定なんてとても手に出せないモノだからね。不可能だと言われていることに挑戦しようとすることは、オジサンにとっては輝かしく思えるね」
ベンの言ってることも理想論だ。かと言って、ラルド伯爵の言う通り、ブリテンの平定は全員が全員幸福になるとは限らない。
本当に、平定はブリテンの人間と妖精が望んでいることなのだろうか。
「僕にできると思いますか? ベンさんは」
掬った水が手からこぼれ落ちるように、アレキサンダーはベンに訊いた。
「もちろん。オジサンはできると思うよ。アレキサンダーの強い意志がある限りね」
ベンはアレキサンダーを激励した。殺気を感じたり、急に優しくなったり、ますます意味がわからなくなってしまった。
この男は何を感じているのだろう? 何を考えているのだろうか。
「オジサンはね、アレキサンダー君のようにみんなを幸せにしたくて頑張ったけど、できなかったからね。結局また、戦争が起きてしまった。前よりもひどくなってしまった。お前さんのように無理だと言われても突き進む姿は微笑ましいのさ」
その言葉に、どれほど彼の人生の重さが詰まっているのか、アレキサンダーには想像できなかった。
「さて、そろそろドーバーだ。お嬢さんを起こしておくれ」
言われた通り、アレキサンダーはエインセルを起こしに向かう。
「……?」
アレキサンダーは違和感に気づく。
350kmもあるグロスターとドーバーの距離を、わずか四半日足らずで辿り着いた。
「いくらなんでも早くないか?」
アレキサンダーはその疑問を胸に抱きつつ、ドーバーの地に降り立つのだった。
Intro. Out
【History of Britain】
[現在公開可能な情報]
B.C.????:始祖の二人、人間アダムと妖精イヴによる天地創造。しかし二人の恋愛を良しとしなかった『神様』の神罰によって、二人はこの世から消え去ってしまう。
?B.C.1000:第一次妖精戦争。妖精がアダムを殺したと思い込んだ人間と、人間がイヴを殺したと思い込んだ妖精による喧嘩。
?A.D.0300:???
?A.D.0500:アーサー=ペンドラゴン、ブリテンを平定。事実上、第二次妖精戦争が終結する。
A.D.0537/F.D.0001:ブリテンを治めていたアーサー王の死。円卓の崩壊をきっかけに、ブリテンの暦が西暦から妖精暦へと変わる。
?F.D.0300:???
F.D.0529:第四次妖精戦争勃発。人間領域イングランドの南東部にあるドーバーからウィリアム一世が率いるノルマン軍が侵略した『ノルマン侵攻』。イングランドはウィリアムにより占領されてしまう。その影響で妖精圏がスコットランドとアイルランドに分裂するするほどの最も悲惨な戦争。
F.D.0714:???
F.D.0794:???
F.D.1203:???
?F.D.1300:???
F.D.1411:⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎の災厄。第五次妖精戦争最大の災禍。詳細不明。
F.D.1415:???(本作における現在)
F.D.1424:オーロラがブリテンを覆う。同時に英雄アレキサンダー、妖精姫エインセル、失踪。
※F.D.=妖精暦(Fairy Date)
(Prologue Ⅰから、エマの歴史書より抜粋)
あとがき
どうも、カガリです。
九月になりましたね。秋の味覚の季節になりつつあります。台風が今日本を直撃していますが、皆様健全に過ごされていますでしょうか。
さて、恒例の裏話をします。
現在、この世界におけるブリテンの地理が全くもって想像し難いと思いますので、すこーしだけ補足します。
世界観に没入していただくために、私たちの知っている言葉を限りなく使わないようにするため、あえて描写できなかったのもあります。ご理解ください。
そもそも、作中に登場する南部平原とは、この世界でいう人間領域イングランドの大部分を占めている平野です。コーンウォール半島もソールズベリ平野、ロンドン盆地全て含めて南部平原と呼ばれています。
しかしこの南部平原、エベレスト山(火山)とそこから南へ伸びているヒマラヤ山脈が東西に分けています。ヒマラヤ山脈、エベレスト山の周囲には火山灰による土壌がいいのか、森が生い茂っている状態です。
ヒマラヤ山脈とエベレスト山がここに存在する理由は創世記まで遡るので、後々判明すると思います。イングランド西部平原とかイングランド東部平原とかにすりゃいいのになんで南部平原なんですかね。不思議ですね。
エベレスト山は、現実のラグビー・タウンあたりに存在し、そこから垂直に南へとヒマラヤ山脈が伸びています。ヒマラヤ山脈の麓には、オックスフォードという小さな村があります。オックスフォードは、現実の位置とはちょっと東にずれています。本来オックスフォードがあるべき場所はヒマラヤ山脈が存在しますので……。
さて、この状態で山脈を乗り越えるには三つ方法があります。
一つ目はノッティンガム方面へ北上して、森を通ってエベレスト山を迂回するルート。しかし、グロスター以北は妖精圏スコットランドの領地なので、人間が妖精の国に迂闊入ってしまうと殺される危険性があったので、彼はこのルートを辿るのはやめました。
二つ目はヒマラヤ山脈を登山するルート。途中でオックスフォードに泊まることも考えたルートです。この方法は作中でも明かされていますが、アレキサンダーが耐えられても、ウンディーネの身を案じたアレキサンダーがこの案をやめました。
そして三つ目が、南部海岸を目指して、ヒマラヤ山脈を迂回するルート。この方法だと、ノルマン領域(=この世界でいうフランス)とブリテンの間に存在する『ラ=マンシュ海峡』の風が、体力を削っていく心配がありましたが、お互い安全なのは三つ目のルートになったわけです。
しかし、この悩みも束の間、グロスターを出発して数分後にベン=マンキッキーが現れて、二人をドーバーまで送り届けたのです。
彩の旅にも出てきて、ここにも出てきて、何考えてるんですかね。ベンさん。
今回はここまでにします。次の回でお会いしましょう。
かがり
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