【中編小説】彩の旅 Prologue Ⅱ
Intro 2 -in the forest-
森の中はいたって静寂であった。
たまに風が通り抜けて草木はざわめく。
月と星が彼らに微笑んでいる。
その奥を見てみると、かすかな光が漏れている。
パチパチという火が弾ける音。そこには男と少女が小さな焚火を囲んでいた。今は、一時の休息。自らの責務を忘れて安らぐ数少ない一時である。
「その後、ブリテンを平定した妖精エインセルと英雄アレキサンダーの行方は誰一人としてわかっていない」
昔話を話し終えた男の後には僅かに沈黙が走った。しかし、少女は静かな森の中の沈黙を破った。
「ねえ、シエロ」
「ん」
火のそばで寝そべっていた男、シエロは無愛想に応答した。
「人ってなんで死ぬと思う?」
少女の問いに対して、シエロは沈黙した。その沈黙が思案を意味しているのか、無関心を意味しているのかはさておき、少女は先程の疑問に付け足すように続けた。
「シエロも、わたしも、そしてこの世界にある生き物は全ていつかは死ぬんでしょ?」
「そうだね」
「わたしたちって一体どうして生きているんだろうね」
シエロは一拍置いて、重い口を開いた。
「その手の話は僕には専門外だ。その答えを見つけるのはおそらくヴァリ自身なんじゃないかね」
少女、ヴァリは頬を膨らませた。
「もう、せっかく質問したんだから答えてよ」
シエロは大きくため息をついた。
「僕の答えを聞いても面白くないよ。それでもいいのかい?」
「いいよ」
ヴァリの即答にも全く動じないシエロ。一度瞳孔をヴァリの方に向けたが、その後すぐに小さな火に戻した。
「僕は──死ぬために生きている。もとより生きることに執着心はない。死ぬときは自らの運命を受け入れて死のうと思っている」
シエロの答えを聞いてヴァリは再び頬を膨らませた。
「ねえ、ふざけてる? なんでまたそんなこと言うの?」
「いや、僕は至って真面目だよ。ふざけてなんかいないさ」
シエロはゆっくり身体を起こし、右足を立てて座った。
「僕は『国際郵便局員』だ。オーロラが発生した後の世界を調べるのと同時に、たった一通の手紙を『世界の裏側』にいる誰かに届けるためだけにここまで来た。それ以外に僕が生きる意味なんてない。少なくとも僕はそう思っている」
だが、と強くシエロは逆説をした後、近くに落ちていた枝を適当に火の中に放り込んだ。
「この旅で何を見つけるのかは……ヴァリ、君にしかできないことなんじゃないかな」
焚き火はヴァリを嗤うかのように燃えている。
「──それって、すぐに見つかるものなの?」
「さあ。どうだろう。すぐに見つかるのかもしれないし、案外君がおばあさんになって、やっと見つかるのかもしれない。それは僕にもわからないことだ」
シエロは近くの小さなポータブルテーブルに置いてあったコップの中の液体を飲み干す。
「明日は結構走るぞ。ヴァリも早く寝たまえ」
そう言って、シエロは再び草むらの上に寝そべった。
「──シエロのばか」
かくして、森は再び静寂に包まれていく。焚き火はゆっくりと小さくなって、やがて森は完全に夜の闇に落ちた。
Prologue Out.
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?