麻薬を砂糖で塗して
魔法少女に憧れていた。
ピンクのドレスを風に靡かせ、他人に幸福を与える存在。魔法少女は他人を幸せにしないと魔法少女としてのアイデンティティを失う。皆の幸せを願って生かされている存在。それでも私は皆が笑顔になることを願う魔法少女になりたかった。
「愛華、あのさ」
ある日同じクラスの男友達に話しかけられた。
彼は今年からの付き合いではあるものの、移動教室などを共にしているうちに意気投合し多くの会話を交わすようになっていた。昼食を一緒にとることもあり、毎日のようにメッセージのやり取りをしていた中で、少なからず彼の中で私という存在の比重は次第に大きくなっていたのだと思う。
「何?」
その日だって何も変わらないいつも通りの日のはずだった。恐らく4限の先生の悪口から始まり、適当に会話が進んでいく。私は彼を不快にさせないように、笑顔になるように言葉を選んで話題を作ってそれを提供する。それだけの単純作業をするはずだった。
「えっと、さ…俺と付き合ってくれない?」
時間が止まったような感覚に堕ちた。漂う塵さえ止まる程に。
「いつも優しくて、俺の事笑わせてくれて、安心させてくれる愛華が好きだ。付き合って欲しい」
脳内は凪のように穏やかだった。なのに心は高所から堕ちていく人を目の当たりにするかのような気分だった。
私が他人に喜ばれるような言動をする度に他人は「愛華」を求めた。それが嬉しくて私は必死に努力した。他人に求められたくて、「愛華」を必要とされたくて、私は懸命に他人を喜ばせ続けた。その繰り返しを毎日何年も続けていた。「愛華」の存在が求められる度に、私はその人にとっての幸福を作り出す。そうして行われる等価交換に強い安堵と依存のようなものを感じていた。
好意を抱かれた。これは他人が「愛華」を求めた最大の証拠だ。私の努力に呼応するように彼は「愛華」を求めた。ならそれに見合った返事をするのは当たり前だ。
「うん…私も好き。付き合おうか」
こう返事をすれば彼は喜ぶ。「愛華」を「私」を求めてくれる。私はそれに応じて彼にとっての幸せな時間を与え返すだけ。
魔法少女に憧れていた。人の笑顔が好きだった。
だがそれは純粋な憧憬なんかではなく、承認欲求と自己愛に塗れた汚く醜いものだったに違いない。「愛華」という私を認めて欲しいがために、幼い頃に年相応の綺麗な言葉で飾っただけ。利他主義に見せかけた利己主義者。
私なんかを好いて、可哀想に。