終了チャイムにかかわらず、討論続行

討論の模様をかいつまんでかくことにします。
まず、片桐君。
「上中君はしゃがんでふんばった方が力が入ると言ったけど、ちんばのときの方が足に力がかかるでしょう。それに…、片足でたつとせまいところに力が入るでしょ。だから僕はイが正しいと思います。」
片桐君はちんばで立ってみせて、一言一言自分自身に納得させるようにこう言いました。
すると、佐藤さんが立ち上がり、
「片桐君や上田君たちは、力を入れると重さが増えるっていうけど、その人はどこにもさわっていないんでしょ。それだったら重さはかわらないんじゃあない?」
 
ところが、ここで授業時間の終了をつげるチャイム。I先生はうらめしそうな顔をしました。
「せっかくこんなに討論がもりあがってきたのに…」
ところがふだんはチャイムのことを気にする子どもたちも今日は一向に時間のことを気にしていません。
どんどん手が挙がります。
何としても自分の考えをいわなければ気が済まないといった表情です。
そこで討論続行ーー

「僕、アなんだけどね。両足で立つと全体に力がかかるでしょ。
かたよったりしないから一番重くなると思う。」
「じゃ、しゃがんでウーンと力を入れたら重くなるんじゃない?」
「そうだよ。僕おふろやでやったことあるんだけど、力をいれたら重くなったよ。」
I先生はちょっと当惑したような顔になりました。
ウを支持した子どもからは勝ち誇ったような顔つき。
そのほかの子どもは不安な表情になりました。
ところが、子どもたちの間からヤジがとびました。
「それ、ほんとうかあ?」
そして、上林さんが発言。
「あたしもね、おふろやさんでやったことあるけど、いくら力を入れても重くならなかったわよ。」
上林さんはやせた女の子で、身体検査のときに少しでも重くみせようとしていろいろ工夫していたのでした。
自分で実験したことのあるという者はこのほかにも7~8人いました。
ところがその証言はまちまちです。
ある者は力を入れたら重くなるといい、他の者はそれを否定します。
そこで、互いに「実験のやり方がいけなかったんじゃないか」といいあいになっておわり。
「実験したらこうなった」という報告でもうかつに信用されないことがこれでよくわかりました。
それからも意見続出ーー
「ぼく、荷物だったら、どんな形にしても重さはかわらないと思うけど、人間でしょう?!
だから、力を入れれば少しは重くなると思う。」
「片桐君たちに言うけど、ちんばで立ったら片足がはかりの外に出るでしょ。そしたら軽くなるんじゃなあい。」
「そんなことないんじゃない? 足はみんなからだについているんだから、重さはみんなはかりにのっている足にかかると思うな。」
「いくらふんばって力を入れても、人間のからだの肉が増えたり減ったりしないんだから、同じ重さじゃないかな。」
「だけど、筋肉に力を入れると、何かがそこに増えると思います。
だから、その分だけ重くなるんじゃないかと思います。
力が出るというのはそこにエネルギーがでるということでしょ。
エネルギーが生まれるんだから…」
この子はエネルギーなんて言葉をもちだして恥ずかしそうに、また誇らしそうにしゃべりました。
いやはや、たいへんな議論です。
先生はうれしいような困ったような表情をしています。
休み時間の10分も終わって次の授業の時間に入っています。
ときどき「もう討論をやめて実験に入りましょう」
と言っても、僕にもいわせて、あたしにも、と発言が続くのです。
これでは実験なんかできたものではありません。
「休み時間なんかいいよ。」
「つぎの時間になったっていいよ」といいきる子どももたくさんいます。
しかたなしにこれまで討論させてきたのですが、
そろそろ一応の意見が出尽くしたとみて、討論の打ち切りを宣言しました。
「それでは時間が長くなるから、そろそろ討論をやめて実験に入ることにしますよ。
そこで、あと二人だけに話してもらいますよ。どうしてもこれだけのことは言っておきたい。
言っておかないと夜も眠れない、っていうひと、いますか?」
こう言われるとさすがの子どもたちも発言を求める者がぐんと減りました。
しかし、それでも何人かの手が挙がります。
先生はそのうちの二人を指名してあとの子どもには発言を我慢してくれるように頼みました。
「これだけは言っておきたい、ということがある人は、このプリントの裏に自分の考えを書いておいて下さい。」
と言ってそれでやっと収まったのです。
二人の代表発言ーー
「僕は絶対にエだと思います。いくら力を入れたって、力はモノじゃないから重さは増えないと思います。ぜったいに!
「あたしは絶対にウが正しいと思います。力を入れても重さが増えないというのは変だと思います。」
「みんな自信があるんだね。ホントウに自信がある?
誰か予想を変えたい人はいませんか。」
こう言われて教室の雰囲気は急に変わりました。
子どもたちはみんなの顔をみわたしています。
そこでI先生、
「陽子さん、意見をかえたいんじゃない?」
と助け船を出しましたが、
「ううん、変えないことにしました」という返事。
もう一人の秀樹君は憤然とした面持ちで
「僕かえません。ぜったいに!」といいました。
その子はあとで作文に、「自分の予想に自信はなかったけど、『男の意地だ』と考えて予想を変えなかった」と書いていました。
「それでは実験しますよ」


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