放送大学「量子物理学」の理解のために

学部1年くらいの方が、この講義を理解するための記事です。

0.状態の重ね合わせとシュレーディンガの猫

  よく言われる「0と1の重ね合わせ」では、何のことか分からない
  と思います。要はベクトルの「和」なのです。
  1をベクトル(1,0) で表し、0を (0,1)で表すと、
  その和は、(1,1) であり、このベクトルの大きさを1に揃えたものを
  「0と1の重ね合わせ」
  と呼んでいるだけです。
  「シュレーディンガの猫」は、主に以下の意味で使われます。
  「生」をベクトル(1,0) で表し、「死」を (0,1)で表すと、
  その和(1,1) =「生と死の重ね合わせ」は、我々の世界(マクロ世界)
  で存在するか? という話です。
  この問題は、NTTの実験でマクロとミクロの中間領域では、
  存在することが確かめられています。
  https://www.brl.ntt.co.jp/J/2016/11/latest_topics_201611042223.html
  また、マクロな素子をもつ量子コンピュータが動作すること自体
  が、マクロ世界に「重ね合わせ」が存在することの証明と思います。
  したがって、この教科書のp321 中段
   「マクロなレベルではシュレーディンガの猫状態は存在しない」    と言い切るのは、おかしいと思います。
  ここで引用している1986年の「Yurka - Stoler論文」は、
  「コヒーレンス状態でなければ、猫状態は存在しない」
  と言ってるだけで、
  マクロであっても、はなから(t=0)から「コヒーレンス状態でない」
  とは、言ってないはずです。

1.速習 線形代数 → ヒルベルト空間

  ベクトル空間とは、以下を満たす集合である
   (和も定数倍も、結果が自集合に含まれる ということがミソ)
   ・任意の2つの元u,vの和も、自集合に含まれる。
   ・任意の元vの定数倍も、自集合に含まれる。
   ・v+0=0+v=v, 0v=v0=0 という「0ベクトル」が存在する。
   (大きさ(ノルム)や距離や積は定義してもしなくてもよい)
  ベクトルの1次独立・1次従属
    https://note.com/kafukanoochan/n/n5c88d2a438e4
  線形変換、固有ベクトル、固有値
    量子力学では、固有値が測定値になるので
    固有値を求めることは、重要です。
    https://note.com/kafukanoochan/n/ne4b20e285095
  内積空間と正規直交基底
    https://note.com/kafukanoochan/n/nd17f6e8ce600
  ヒルベルト空間
    完備な内積空間が、ヒルベルト空間です。
    (R^n や C^n はOK。しかし Q^nはダメ)
    完備とは、厳密には「コーシー列」で定義されますが、
    内積空間の場合は、任意の元(ベクトル)の和が、必ずその内積空間
    に含まれることです。
    例えば、有理数のベクトル空間Q^2 の場合、
    (1,1) のノルムは√2 ですが、(√2, 0) というベクトルはQ^2には
    存在しないので、Q^2(一般にQ^n)は完備でないです。
    量子力学は、完備な内積空間上のベクトルと、それに対する
    演算子をベースにした「物理量を演算子とする力学理論」です。

2.速習 解析力学 → ハミルトン方程式、正準共役

   解析力学について速習するには 西野友年先生の
   「ゼロから学ぶ解析力学」をお勧めします。
   ラグランジアンが「運動エネルギー位置エネルギー」と
   書けるとすると、ハミルトニアンHは、
   「運動エネルギー+位置エネルギー」になり、
   ハミルトンの正準方程式(正準運動量=P_q ただし q=x,y,z)
   ∂H/∂P_q = dq/dt    ∂H/∂q = -dP_q/dt
   を満たします。
   これらの変数qとP_qの組は、互いに正準共役であると言います。
   シュレーディンガ方程式^Eψ(q,t) ={ (^P_q)^2/2m + V(q) }ψ(q,t) で
   ^P_q= -ih'∂/∂q と置けるのは、正準共役である必要があります。

3.波動関数のちゃんとした定義

   現代で言う「波動関数」は、わけのわからない物質波でも、
   シュレーディンガ方程式の解そのもの でもありません。
   ψ(q) と書いた場合、状態ベクトルの「物理量演算子qの固有空間」
   への射影で定義されます。つまり、
   ψ(q) |q> = |q><q|ψ>
   のψ(q) が、q表示の波動関数 です。
   シュレーディンガ描像では、これが、シュレーディンガ方程式
   に従って時間変化(時間発展)して行くとします。

4.状態ベクトルと「状態」の関係

  状態ベクトルは、エルミート内積空間の元であり、
  0ベクトルも状態ベクトルの1つである。
  「状態」は、状態ベクトルの長さ(ノルム)を1に
  規格化した射線であるので、「状態」に0ベクトルは含まれない。
  また、「状態」の定数倍は、同じ「状態」なので、
  状態空間(状態の集合)は、ベクトル空間ではありません。

5.量子力学の5つの公理(要請)

  以下、清水明「新版量子論の基礎」による。
  Ⅰ 系の純粋状態は、ある複素ヒルベルト空間Hの
    規格化された「射線」で表される
  Ⅱ 可観測量は、H上の自己共役演算子によって表される
    自己共役演算子=エルミート演算子とは限りません。
  Ⅲ 状態|ψ>について、物理量Aの「誤差がない(無視できる)」
    測定を行った時、測定値はAの固有値のどれかに限られる
    その確率は「ボルンの確率規則」に従う。
  Ⅳ 閉じた系の時間発展は、状態|ψ>が変化する描像では、
    シュレーディンガ方程式に従う(ユニタリ発展)
    物理量演算子が変化する描像では、
    ハイゼンベルグの方程式に従う(ユニタリ発展)
  Ⅴ 測定後の状態|ψ2>は、射影仮説に従う(非ユニタリ発展)

6.描像(表示)と形式

  表示には、状態が時間変化(時間発展)するシュレーディンガ表示と
  物理量(演算子)が時間発展するハイゼベルグ表示 があります。
  形式には、波動関数と行列によるものがあります。
  ハイゼベルグ表示では、行列形式だけですが、
  シュレーディンガ表示では、どちらの形式でも記述できます。
  「表示」といっても、波動関数を「位置表示の」とか書いてあるので
  文脈に注意が必要です。
  尚、教科書によって、表示のことを「描像」、形式のことを「表示」
  と書くものが、かなりあります。

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