
湿気でフィラメントが折れやすくなるのはなぜ?科学的に解説
3Dプリンター用フィラメントにとって湿気は見えない敵です。特に熱帯性気候で湿度の高いタイでは、フィラメントを油断して放置するとすぐに水分を吸収してしまいます。湿気を含んだフィラメントは印刷品質を劣化させるだけでなく、もろく折れやすくなることがあります。本記事では、主要なフィラメント素材ごとの吸湿性と湿気による影響を比較し、どの素材が最も湿気に弱いのか(折れやすくなる順)を示します。また、ポリマーが水分を吸収することで起こる物性変化の科学的メカニズムを専門的な観点から解説します。さらに、高湿度なタイ環境におけるフィラメント保管法と湿気対策について、具体的な方法を詳しく紹介します。経験豊富な3Dプリンター愛好家の方々にも役立つ、雑誌記事風のフォーマルな解説です。
フィラメント素材別:湿気の吸収性と影響
まず、代表的なフィラメント素材ごとの吸湿性(湿気を吸い込む性質)と、湿気による影響の違いを見てみましょう。一般に3Dプリント用の熱塑性プラスチックは多かれ少なかれ吸湿性を持ちますが、その程度は素材によって大きく異なります。湿気を吸ったフィラメントは期待通りの性能を発揮しなくなるため、素材ごとの特性を理解して適切に管理することが重要です。
PLA(ポリ乳酸)
PLAは生分解性ポリエステルで、フィラメントの中では比較的吸湿性が低い素材です。湿度の高い環境に放置しても、他の材料ほど急激には性質が変化しません。しかし「低い」とはいえまったく吸湿しないわけではありません。PLAも長時間空気中の水分にさらされると徐々に水分を取り込み、印刷時に微細な気泡や表面の荒れを引き起こすことがあります。特に古いPLAフィラメントは脆くなって折れやすくなる傾向があり、これは湿気や紫外線による経年劣化が一因です。ある研究ではPLAの水吸収率は約1%程度と報告されており、長期間では水分が分子構造に影響を及ぼします。とはいえ、PLAは湿気への耐性が比較的高い部類であり、短期間で急激に性能が落ちることは少ないです。
PETG(ポリエチレンテレフタレートG)およびPET系
PETGはPETにグリコール変性を加えた共重合ポリエステルで、機械的強度や耐熱性が向上したフィラメント素材です。吸湿性はPLAよりやや高めの中程度で、湿気を含むと印刷時にひどい糸引き(ヒモ状のノズルかす)やバブル(気泡)が発生しやすくなります。PETG自体の吸水率は比較的低く、ある資料では0.16%程度と報告されていますが、湿度から受ける影響は無視できません。湿ったPETGを使うとレイヤー同士の密着不良や表面の荒れにつながり、造形物の強度低下を招きます。純粋なPET(ポリエチレンテレフタレート)フィラメントも市販されていますが、結晶化しやすいため扱いが難しく、PETGに比べて吸湿性が低い傾向があります。いずれにせよ、PET系材料は湿気により印刷品質が悪化しやすいため、保管と乾燥に注意が必要です。
ABSおよびASA(アクリロニトリル系樹脂)
ABS(アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン共重合体)は比較的古典的なフィラメント素材で、一般に吸湿性はそれほど高くないと認識されています。しかし完全に無視できるわけではなく、ABSも時間とともに水分を吸収します。実際、ABSは湿気にさらされるとプリント中に層間の接着不良や造形物の歪み(反り)を引き起こす可能性があります。湿ったABSを高温(約240℃前後)で押し出すと、内部で水が沸騰して微小な空洞ができ、結果として強度が低下したり脆くなることがあります。またABSに似た素材のASA(アクリロニトリル・スチレン・アクリレート)は、耐候性に優れるよう改良された樹脂ですが、吸湿性はABSと同程度かやや低いです。ASAも長期間湿度の高い環境に放置すると水分を含み、印刷時の品質低下につながります。ただし一般的なABS/ASAフィラメントは後述するナイロンなどに比べれば湿気による影響は小さめで、適切に保管すれば比較的安定して扱えます。
PC(ポリカーボネート)
ポリカーボネート(PC)は高強度・耐熱性を持つ工業用フィラメントで、吸湿性が高いことで知られています。PCは分子中にエステル結合を含む高分子であり、水分と結びつきやすい性質があります。湿度の高い環境下で放置すると、比較的短期間で水分を吸収し、フィラメント内部に水分が浸透します。湿ったPCフィラメントをプリンターノズルで加熱すると、内部の水分が急激に蒸発して気泡や白濁、押出不調を招きます。また水分は高温下でポリカーボネートの分子鎖を分解(加水分解)する恐れもあり、印刷後の部品が脆くなる原因となります。PCはナイロンに次いで湿気に弱い素材と言え、使わないときは必ず乾燥した状態で密閉保管することが推奨されます。
TPU(熱可塑性ポリウレタン)など柔軟素材
TPUはゴムのように柔軟なエラストマー系フィラメントで、非常に吸湿しやすい素材の一つです。環境中の湿気を短時間で吸い込みやすく、湿った状態で印刷するとノズル詰まりやひどいひげ状の糸引きが生じがちです。TPUの分子中にはウレタン結合(-NH–CO–O–)があり、水との親和性が高いためです。吸収した水分は印刷時の加熱でポリマー鎖を切断(分解)してしまい、溶融した樹脂が泡立って滑らかに押し出されなくなります。その結果、成形品の層間密着が悪くなり、強度が低下して脆くなってしまうのです。柔軟フィラメント全般(TPU/TPE系)はこの傾向が強く、「湿ったままでは印刷が困難」と言われるほど湿気管理が重要です。一部では「TPUはナイロンほどではないが吸湿する」との声もありますが、高品質な出力のためには常に乾燥剤とともに保管し、長時間のプリント時にはスプール内にシリカゲルを入れるなどの対策が望まれます。
ナイロン(PA系)およびその他のポリアミド
ナイロン(ポリアミド、PA)系フィラメントは、湿気に対して最も敏感で吸湿性が極めて高い素材です。ナイロンは分子中に多数の極性アミド結合(-NH–CO-)を持ち、水分子と強い水素結合を形成しやすいため、空気中の水分をどんどん引き寄せます。実験によれば、ナイロン樹脂は環境によっては自重の10%にも達する水分を吸収し得るとされています。そのため開封後すぐに湿度の高い場所に放置すると、数時間~数日でフィラメントが水っぽくなるほどです。湿気を含んだナイロンを印刷すると、ノズル内で水が沸騰して盛大なパチパチ音や蒸気が発生し、押し出し不良や気泡混入で品質が著しく低下します。さらに、高温での押出成形中に水がナイロンの長いポリマー鎖を切断してしまい、成形物の機械的強度が落ちる原因にもなります。このような加水分解により分子量が低下したナイロン部品は、カラカラに乾燥させても元の強靭さは戻らず、脆く割れやすくなってしまいます。一方で皮肉なことに、適度な水分を含んだナイロンは柔軟性と靭性(ねばり強さ)が増すという性質も知られています。水分がナイロン中で可塑剤(プラスチックを柔らかくする物質)的な役割を果たし、衝撃に対する粘り強さが上がるためです。しかし寸法精度や強度保持の観点では水分は有害であり、ナイロンを常用する場合は特に厳密な乾燥と保管が求められます。
PPS(ポリフェニレンサルファイド)
PPSは高性能エンジニアリングプラスチックの一種で、3Dプリンターフィラメントとしては耐熱・耐薬品性を活かした用途向けに用いられます。PPSの特筆すべき点は吸湿性の低さで、湿気による影響が非常に少ないことです。他の多くのフィラメントが数%の水分を吸収しうるのに対し、PPSの水分吸収率はわずか0.05%程度と報告されています。つまり、ほとんど湿気を吸わない素材と言ってもよいでしょう。このためタイのような高湿度環境でもPPSフィラメントは性質が安定しており、水分による脆化や印刷不良が起こりにくい利点があります。ただし一般的なPLAやABSに比べるとPPSは入手性が限られ高価であること、印刷温度が非常に高いことなどハードルもあります。とはいえ、「湿気に強いフィラメント」を求める場合、PPSは最も湿度耐性の高い素材の一つとして注目できます。
湿気に弱い(脆くなりやすい)素材ランキング
以上をまとめると、各素材の湿気に対する弱さ(湿度下で折れやすくなる傾向)の強い順番はおおよそ以下のようになります。
ナイロン(PA)系 – 極めて吸湿性が高く、水分で著しく劣化。湿気対策必須。
TPUなど柔軟フィラメント – 非常に吸湿しやすく、湿気で印刷不良・強度低下。
ポリカーボネート(PC) – 吸湿性が高く、湿気で品質悪化・脆化が顕著。
PETG/PET系 – 中程度に吸湿し、湿気で印刷品質や強度に悪影響。
ABS/ASA – 吸湿性は低~中程度だが、湿気で多少の品質低下・脆化が起こる。
PLA – 吸湿性は低い方だが、長期露出で劣化し折れやすくなる可能性あり。
PPS – 吸湿性が極めて低く、湿気による影響はほぼ無視できる。
※上記は一般的な傾向であり、フィラメントのメーカー配合や環境条件によっても変わり得ます。しかしナイロンが湿気に最も弱く、PPSが最も強いという位置付けは、多くのユーザー経験や資料に共通しています。
湿気によるフィラメント脆化のメカニズム
では、なぜ湿気を吸うとフィラメントが脆くなるのか? その科学的な理由を掘り下げてみましょう。キーワードは「水分によるポリマーの分子間相互作用の変化」と「加水分解による分子鎖の分断」です。
ポリマー内部で起こること:水素結合と可塑化
フィラメント素材は高分子(ポリマー)の集合体であり、その分子鎖同士は分子間力でまとまっています。ナイロンやTPU、PETG、PLAといった極性のあるポリマーでは、鎖と鎖の間で水素結合や極性引力が働き、機械的強度や靭性を支えています。乾燥している状態では、これらポリマー鎖同士が直接結びついて強固なネットワークを形成しています。
しかし周囲から水分(H₂O分子)が侵入すると事情が変わります。水は小さく極性の高い分子で、ポリマー内部に入り込むとポリマー鎖と競合して水素結合してしまいます。例えばナイロンでは、本来は隣接する分子同士で結びついていたN–H基とC=O基の間に水分子が割り込み、それぞれと水素結合を作ります。その結果、ポリマー鎖同士の結びつきが緩み、分子間距離が広がってしまうのです。これはいわば高分子内に「潤滑剤」が入ったような状態で、材料全体としての剛性や強度は低下します。一方で分子鎖が動きやすくなるため延性(柔軟さや粘り強さ)は増す傾向があります。実際、湿気を帯びたナイロンが柔らかくなるのはこのためで、水分がプラスチックの可塑剤(plasticizer)のように作用しているのです。
しかし、これは出来立てホヤホヤの成形品に限った話です。湿気によって柔らかくなったフィラメントも、時間が経って水分が抜けたり繰り返し曲げ伸ばしされることで微細なクラック(ひび)が発生し、結果的に脆くなることがあります。特にPLAのような材料では、表面に微小な割れが蓄積してポキポキ折れやすくなる現象が報告されています。つまり水分は短期的にはポリマーを柔軟にしますが、長期的には内部構造を乱し、経年劣化を早めてしまうのです。
加水分解:水と熱によるポリマーの分解
もう一つ重大なメカニズムが加水分解(hydrolysis)です。これは、水分子がポリマーの化学結合を断ち切ってしまう反応です。特にエステル結合やアミド結合といった水に弱い結合を含む高分子は、高温下で水が存在すると鎖が切れてしまいます。3Dプリントではフィラメントをノズルで溶かす際に200~250℃といった高温に晒しますが、湿ったフィラメント中の水がこの過程で化学的に作用します。
例えばPLAやPETGのようなポリエステル系フィラメントでは、–CO–O–のエステル結合が加水分解を受けて短い鎖に分断されます。ナイロン(ポリアミド)では–CO–NH–のアミド結合が切断されます。同様にTPUのウレタン結合も水によって切れやすく、これが前述した印刷中にポリマー鎖が分解する原因です。一度分断された高分子鎖は元には戻りません。分子量の下がったポリマーは絡み合いが減り、凝集力も低いため、冷えて固まった後の材料は著しく脆くなります。言い換えれば、水分による加水分解はフィラメントを化学的に劣化させるのであり、これが湿気がフィラメントの折れやすさを劇的に高める大きな要因なのです。
湿気の影響:印刷プロセスと最終強度
湿気を含んだフィラメントでは、印刷プロセス自体にもさまざまな弊害が現れます。ノズル内で水が水蒸気となって発泡することで押出が不安定になり、レイヤーに空隙(すき間)や気泡を残してしまいます。これにより層間接着が弱くなり、完成した造形物はポロポロ剥がれたり簡単に割れたりすることがあります。また水蒸気の急激な膨張は押出圧力を乱し、微細なフィラメントの供給不良(エクストルーダのギャップ、詰まり)を引き起こして、部分的に材料が不足した脆い箇所を作ることもあります。
最終的に、湿気による物理的・化学的な複合劣化によって、フィラメントや造形パーツは本来の強度・靭性を発揮できなくなります。乾燥した状態ならしなやかに曲がるはずのフィラメントが、湿った後に乾燥するとポキポキ折れる…といった現象は、以上のような分子レベルの変化が積み重なった結果と言えるでしょう。「湿気はフィラメントの静かなる殺し屋」と呼ばれるゆえんです。
タイ高湿度環境でのフィラメント保管と湿気対策
年間平均湿度が70%を超えるバンコクをはじめ、タイの気候はフィラメント保管にとって過酷です。高温多湿の環境下では、前述のナイロンやTPUはもちろんPLAでさえも、開封後わずか数日で湿気を帯び始める可能性があります。そこで、この章ではタイのような高湿度環境でフィラメントの品質を維持するための具体的な保管方法と湿気対策を解説します。適切な対策を講じることで、フィラメントの劣化を防ぎ、常に安定したプリント品質を得ることができます。
乾燥剤(デシカント)の種類と使い方
フィラメント保管の基本は、乾燥剤(デシカント)を使って周囲の湿度を下げることです。市販されている乾燥剤にはいくつか種類がありますが、フィラメント用途で最も一般的なのはシリカゲルです。シリカゲルは多孔質の二酸化ケイ素でできた乾燥剤で、空気中の水分を物理的に吸着してくれます。特にタイプAシリカゲルと呼ばれるものは低湿度環境下での吸湿力に優れ、密閉容器内の湿度を20%以下にまで下げることが可能です。しかもシリカゲルは加熱再生が容易で、150~200℃程度の高温で数時間乾燥させれば何度でも繰り返し使えます。コスト面・扱いやすさから見て、フィラメント保管にはシリカゲル乾燥剤が最適と言えるでしょう。
シリカゲルの使用方法は簡単です。フィラメントと一緒に密閉できる容器や袋に乾燥剤を入れておくだけで効果があります。乾燥剤の量は容器の容積やフィラメントの数に応じて調整します。湿度計を併用して庫内湿度を測りながら、必要に応じて乾燥剤の袋数を増減すると良いでしょう。また、色が変わるタイプのシリカゲル(青→ピンクなどの指示薬付き)は、湿気をどれだけ吸ったか一目で分かるためお勧めです。飽和して色が変わったら天日干しや電子レンジ、オーブンなどで乾燥させて再利用できます(耐熱温度は製品により異なるので要確認)。
乾燥剤はシリカゲル以外にも、塩化カルシウム系(除湿剤「水とりぞうさん」等)やモレキュラーシーブ(分子篩)などがあります。塩化カルシウム系は吸湿力が非常に高い反面、一度吸った水分が液状に溶け出す性質があるため、フィラメントと直接一緒に使うのは避けたほうが無難です(液漏れしてフィラメントを濡らす恐れがあります)。モレキュラーシーブはシリカゲル以上に低湿度まで乾燥できますが、価格が高めで再生にも高温が必要です。総合的には、やはり手軽で安全なシリカゲルを常備するのが良いでしょう。
真空密閉保存とドライボックスの活用
湿気対策の第一歩は「密閉」です。空気中の水分を極力シャットアウトするため、フィラメントを使わないときは密閉容器や真空バッグで保存しましょう。最も簡便なのは、食品保存用の真空パック(真空収納袋)を利用する方法です。大きめのジッパー付き袋にスプールを入れ、乾燥剤を同封してから付属のハンドポンプや掃除機で空気を抜けば、手軽な真空パックが完成します。これは袋自体が比較的安価で、使わないときはコンパクトに畳んでおける利点があります。注意点として、尖ったフィラメント先端が袋を突き破らないようテープで留める、直射日光の当たらない涼しい場所に保管する、といった点を守ると良いでしょう。
複数のスプールをまとめて管理する場合は、市販のフィラメントドライボックス(防湿ボックス)を活用するのも手です。これらはプラスチック製の密閉ケースに乾燥剤やヒーターを内蔵した製品で、スプールをセットして蓋をするだけで庫内を低湿度に保ってくれます。市販品には湿度計付きで庫内の湿度が見えるものや、加熱乾燥機能付きで常にフィラメントを乾燥状態に維持できるものもあります。ただし製品によって価格は数千~数万円と幅があり、複数スプール対応可否やヒーター温度設定範囲など仕様も様々です。購入前に自分の用途(主に使うフィラメント材質や本数)に合ったものか確認することが重要です。
もちろん自作のドライボックスを作ることもできます。密閉できるプラスチックケース(例えばホームセンターで売られている食品保存容器や密閉収納ボックス)に穴をあけ、フィラメントの取り出し口を作れば立派な防湿庫になります。中に乾燥剤のシリカゲルを十分な量入れて蓋を閉めれば、湿度はぐっと下がります。実際にユーザーが自作したケースでは、シリカゲル20g×6個を入れて丸一日密閉したところ内部湿度が約12~13%まで低下した例もあります。これは一般的な屋内湿度の1/5程度という低さで、フィラメント保管には理想的な環境です。自作の際は、ケース内にフィラメントスプールがスムーズに回転する仕組み(例えばボールベアリングを組み込んだ軸受やローラー)を付けておくと、取り出さずにそのまま印刷に使う「フィラメントホルダー」としても機能して便利です。
上図は自作した防湿フィラメントホルダーの一例です。透明な密閉ボックスにフィラメントを収納し、シリカゲル乾燥剤と温湿度計を入れています。蓋には数個の継手パーツを取り付け、そこにPTFEチューブをつなぐことでケースに入れたままフィラメントを供給できる仕組みです。これなら印刷中も庫内の乾燥状態を維持でき、長時間の造形でもフィラメントが湿気を吸う心配を大幅に減らせます。このように少し工夫すれば、既製品に劣らない実用的なドライボックスを安価に作成可能です。
フィラメント乾燥機の活用と選び方
湿気てしまったフィラメントを元の乾燥状態に戻すには、フィラメント乾燥機(ドライヤー)の使用が効果的です。フィラメント乾燥機とは、その名の通りフィラメント用の低温オーブンのような装置で、スプールを中に入れて適切な温度で数時間加熱し、水分を飛ばすための機器です。内部ではゆるやかに温風が循環し、フィラメント全体を均一に温めて樹脂内の水分を蒸発させます。多くの乾燥機は40~70℃程度までの温度調節が可能で、材質に応じた温度で加熱乾燥できます(例えばPLAなら50℃前後、ナイロンなら70℃近くなど)。乾燥時間は素材や湿気具合によりますが、目安として4~6時間程度が推奨されることが多いです。
フィラメント乾燥機を使うメリットは、手間いらずで確実なことです。タイマーや温度設定をして「セットすれば後は放置」で乾燥が進み、常に安定した低湿度環境で乾燥できるため再現性も高い。モデルによっては乾燥後そのまま容器として保管できたり、乾燥機内部から直接プリンターに給材できる構造になっているものもあります。一方デメリットとしては機器自体の導入コスト(安価なものでも数千バーツ程度、高機能なものはそれ以上)がかかることと、設置するスペースが必要になることが挙げられます。しかし湿度の高い環境で頻繁に印刷する方にとっては、乾燥機への投資でフィラメントトラブルが激減し、結果的に材料浪費や印刷失敗を減らせる利点が大きいでしょう。
フィラメント乾燥機を選ぶ際には、いくつかチェックポイントがあります。まず対応温度域です。ナイロンやポリカーボネートなど高温乾燥が必要なフィラメントを扱うなら、少なくとも70℃程度まで設定できる機種が望ましいです。逆にPLAやPETG中心であれば50~55℃が出せれば十分でしょう。次に収納可能なスプール数やサイズも重要です。大判のスプール(直径30cm以上)や複数同時乾燥させたい場合、それに見合った容量のモデルを選ぶ必要があります。加えて、使い勝手(タイマー機能の有無、操作パネルの見やすさ)、乾燥効率(ファンによるエアフローの有無)、保温断熱性なども製品レビューを参考に確認すると良いでしょう。最近ではデジタル表示で正確な温度制御ができるモデルも増えており、より繊細な材質にも対応しやすくなっています。
例えば、筆者が実際に使用しているCreality社の「Space Pi フィラメントドライヤー」は、温度設定が45〜70℃まで対応しており、低温が適するPLAなどから高温での乾燥を要するナイロン系フィラメントまで幅広く対応できます。また、3.7インチの液晶タッチスクリーンを備え、あらかじめフィラメント種類別の温度プリセットが用意されているため、ボタン一つで最適な設定を選べる操作性の高さも魅力です。加えて、フィラメントのセットや取り出しも簡単で、本体構造がシンプルなためお手入れの手間もほとんどかかりません。乾燥性能も優れており、実際に湿気を帯びたフィラメントを数時間処理すると、プリント時の糸引きや層間剥離の発生が抑えられ、仕上がり品質の向上がはっきりと見られました。こうした広い温度対応により、PLA・ABS・PETGといった汎用フィラメントから、吸湿しやすいナイロンやTPUなどの乾燥にも幅広く活用できる、信頼性の高い乾燥機と言えるでしょう。
もし専用乾燥機の購入が難しい場合、代替として食品用のフードドライヤーやオーブンを流用する方法もあります。食品乾燥機(果物や肉の乾燥に使う装置)は50~70℃程度で長時間運転できるものが多く、スプールが収まればフィラメント乾燥に利用可能です。オーブンを使う場合は、温度を最低設定(50℃前後)にし、長時間一定に保てるタイプであることを確認してください。一般的なオーブントースターは温度管理が粗いため樹脂が溶けたり変形するリスクがあります。電気代や安全面を考慮すると、やはり専用のフィラメント乾燥機が安心ではありますが、DIYで工夫する選択肢もあります。
その他の細かな対策
最後に、高湿度環境でフィラメントを扱う上で役立つ細かな習慣や工夫をいくつか紹介します。
使わないフィラメントはすぐ袋へ: 印刷中に交換したフィラメントや、一時的に使わないスプールは、その場ですぐ真空袋か密閉箱に戻す習慣をつけましょう。ちょっと置いておくだけ…が命取りになります。タイではわずかな時間でも湿度が高いため、「印刷しながら保管」を常に意識します。
エアコンや除湿機の活用: 部屋ごとエアコンで除湿する、またはポータブル除湿機をプリンター近くに置くのも効果的です。部屋全体の湿度を下げればフィラメントも吸湿しにくくなります。ただし電力コストとの兼ね合いもあるため、密閉+乾燥剤を基本に、補助的に考えると良いでしょう。
湿度インジケータの利用: フィラメント保管ケース内に湿度指示カード(一定湿度で色が変わる紙)や小型デジタル湿度計を入れておくと、目視で湿度管理ができます。例えば「30%以下: 青色、40%以上: ピンク色」など色の変化で湿度が分かるカードを入れておけば、乾燥剤の交換時期やケースの密閉状態を把握しやすくなります。
フィラメント購入時の確認: 新品購入直後のフィラメントでも、輸送・保管中に湿気ている場合があります。可能であれば開封時に軽く乾燥させてから使い始めると安心です。特にナイロンやTPUはメーカー出荷時に乾燥剤とともに密封されていますが、開けたらすぐ乾燥機に数時間入れる、という慎重さが品質維持につながります。
以上の対策を組み合わせることで、タイのような高湿度環境でもフィラメントを良好な状態に保つことができます。湿気対策は多少手間に感じるかもしれませんが、大切なフィラメントを守り、高品質な3Dプリントを安定して行うための投資と考えれば決して無駄にはなりません。
おわりに
湿気は3Dプリンター用フィラメントの大敵であり、その影響を侮ると印刷失敗や品質低下、さらにはフィラメント自体の劣化に悩まされることになります。本記事では、主要フィラメント素材ごとの吸湿性の違いと、湿気によって脆く折れやすくなる科学的理由を説明しました。特にナイロンやTPUなど湿気に弱い素材は細心の注意が必要であり、高湿度環境では保管から乾燥まで一貫した対策が重要です。一方でPPSのように湿気耐性の高い素材も存在し、用途によっては選択肢となるでしょう。
タイに代表される高湿度の地域で3Dプリントを楽しむためには、フィラメントの湿度管理スキルもエンジニアリングの一部です。乾燥剤やドライボックス、乾燥機を賢く活用し、常にフィラメントをベストコンディションに保てば、きっとプリントトラブルは激減するはずです。湿気という見えない敵を味方に付けることはできませんが、正しく対処することでその影響を最小限に抑えることができます。ぜひ今日から実践できる湿気対策を取り入れて、大切なフィラメントを長持ちさせ、快適な3Dプリンターライフを送りましょう。