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「対岸の家事」が文庫になりました

告知です。

講談社より刊行していた「対岸の家事」が文庫になりました!
新しいカバーを飾るのはあわいさんのイラストです。


このお話、私の書いたものの中では「最もよく書けている」と言われることが多く、たくさんの方に読んでいただいているのですが、家事を主体的にやっている方以外にはなかなか読んでもらえない葛藤がありました。

だからか、文庫になるにあたって、講談社文庫の編集部の人たちが「さらに広い読者に出会ってほしい」と販促に力を入れてくれています。
巻末には「文庫版に寄せて」という文章も載せています。

主婦になるには、理由が必要な時代?

上の文章では、この小説を書くきっかけについて書いているのですが、その部分をちょっと長めに抜粋しますね。

 専業主婦を主役にした小説を書くきっかけを作ってくれたのは、大学の後輩です。元書店員だった彼女は、私が作家デビューしたことをとても喜んでくれました。
(中略)
 妊娠と同時に書店をやめた彼女は専業主婦になり、私が久しぶりに会った時には生まれたばかりの赤ん坊の世話をしていました。夫婦でどんな話し合いをしてそういう決断に至ったのかはわかりません。ただ、すでに同年代は共働きが普通になっていたので驚いたことはたしかです。
 そんな私の心中を見透かすように、彼女は淡々と言いました。
「この子を連れて児童館に行ったとき、育休中の人に訊かれたんです。お仕事は何してるの? って。家事と子育てですけど、と言ったら、それは仕事じゃないって返されました」
 彼女と別れて、少ししてから、何度咀嚼しても飲みこめない、なんとも言えない気持ちが生まれてきました。
 子供の頃、女性は結婚したら主婦になるのが当たり前でした。世の中すべてが「女は主婦になるもの」と大合唱しているように感じられて、キャリアウーマン(というほど輝かしいキャリアはないですが)になった後も、主婦にならない理由を世間に説明するのに必死でした。
 でも、そうか、主婦ってもうマジョリティではないんだ。なぜ主婦になったのか、その理由を説明しなければいけない時代になったんだ。
 大きい風が吹いたんだ、と思いました。
 だけど、じゃあ、誰が家事をやるんだろう?

誰が家事をやるのか、その問題はいまだ解決せず、未だに主婦頼みで社会は回っているような気がします。なのに、外で働くことが主流になった今、彼らは「なぜ主婦になったのか」という理由を問われ続けています。

そんな中、主婦という職業を選んだ若い女性を書きたい、と思いました。主人公である彼女と、家事労働に疲れてしまった働き盛りの人たちが、「自分の暮らしは正しいのか」と悩みながら助け合って生きていこうとする様子は、フィクションの物語ではあるけれど、私が子育てをきっかけに地域社会に入って見た「今」そのものです。

今回、文庫化にあたって、主人公・詩穂の夫である虎朗視点のスピンオフ作品も所収いただけることになりました。共働きが多くなっていく職場で一人、主婦の妻を持つ虎朗のとある一晩の出来事を書いています。
下記のサイトで全文お読みいただけますので、こちらだけでもお読みいただけましたら嬉しいです。

「うちの奥さん、主婦だけど。」

タイトルの最後に「。」がついているのは、私ではなく当時の担当編集者さんの仕業です。この作品が出た頃、「わたし、定時で帰ります。」が売れていたので、ちょっとした遊び心なのでしょう。
このスピンオフを書いていた頃、本編は出来上がっていませんでした。若い主婦という主人公をどう描いたらいいか、試行錯誤を続けていた頃、「IN☆POKCET」という雑誌から短編を依頼され、「虎朗のスピンオフを書いてみたら」と担当編集者さんが提案してくれたのです。なぜかはわからないのですが、言われた通りに虎朗側の物語を書いてみたら、詩穂側の物語も浮かんできました。編集者とは小説家に小説を書かせるプロですね。

このスピンオフを書くのと同じタイミングで、その編集者さんは担当を外れ、その後、鮮やかに出世していってしまいました。売れなかった頃の私に仕事をくれた方で7年もの付き合いだったのですが、求められるレベルが高くて(今作中に出てくる、中谷という人物に似ているとよく言われます)逃げようかなーと思ったこともあるのですが、先輩作家の真藤順丈さんに「彼はとても良い編集者なので絶対に手放すな」と言われて、頑張って書いたのが「駅物語」です。その作品のおかげで依頼が増え、いくつもの出版社と仕事ができるようになり、私は小説家として食べていけるようになりました。
「次は主婦を書きたい」と言った時、「駅員の次が主婦でいいのかな」と悩みつつも、企画を通してくれたのもその編集者でした。まさか5年も完成を待つことになるとは思わなかったでしょうが、今でも感謝しています。

その編集者さんの担当を外れて、不安のどん底にいた私のところに、「僕も幼児を育てている最中なんです」と森のクマさんのような優しげな雰囲気をまとってやってきたのが新しい担当者さんでした。クマさんに見えたのは、彼がそれまで絵本を編集していたと聞いていたからかもしれません。ですが、優しく見えたのは雰囲気だけで、最初の打ち合わせには、貝殻のイヤリング…ではなく感想をびっしり書いたA4用紙を持って現れ、「これから毎週ごとに一章書いていただいて、そのたびにブレストをしましょう」という前任者よりきつい追いこ……いや、励ましをしてくださいました。
そんな風に二人の編集者さんに多大なお世話をおかけして、本編完成に至りました。

長くなってしまいました。とにかく文庫も無事発売です。
よろしくお願いします!


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「対岸の家事」(講談社文庫BOOK倶楽部・公式サイト)