バックオフィスを書くためには会社全体の設定が緻密さが必要だと教えてくれる『これは経費で落ちません!』
対談というものを小説家はたまにします。
小説家は孤独な職業です。編集者さんは大事なパートナーですが、クライアントでもあります。そして、やっぱり別の職種なのです。「わたし、定時で帰ります。」を書き始める前、担当編集者さんの一人から、「編集者では教えられないこともあるので」と、アメリカの有名作家の書いた小説指南本を教えてもらいましたが、たしかにその通りで、小説を書いている者同士でないと、シェアできない悩みがあるものです。
(ちなみにその時、勧められたのがこの本↓ このタイトルを電車の中で堂々と読めるくらいのなりふりかまわなさがエンタメ作家には必要です…)
じゃあ、どうやって同業者に会うかというと、編集者さんが紹介してくださる場合もありますが、あとは自力です。文学賞の授賞式とか、S N Sなどでの出会いを大事にしていきます。なので、先輩作家さんとの対談は、本当にありがたく貴重な機会です。
前置きが長くなりました。
このたび、新潮社の広報誌「波」に、「わたし、定時で帰ります。:ライジング」刊行記念対談を掲載いただきました。
対談のお相手は青木祐子さん!!!
波は紙の雑誌ですが、この記事に関してはオンラインで読むことができます。下記のリンクよりいけます。
青木祐子さんの代表作といえば、なんといっても「これは経費で落ちません!」です。
「これは経費で落ちません!」(以下、「これ経」)という作品を知ったのは、わた定1の単行本を出す前です。編集者さんに「いますごく人気のお仕事小説で」と教えてもらったものの、忙しすぎて読めないままでいました。もしその小説がものすごく面白かったら自信喪失してしまうのではないか……という逃げも正直ありました。
ですが、ドラマ化された「これ経」の第2話を家族が観ているのを後ろから覗いているうちに、私がはまってしまい、そのまま最終回まで毎週観て、ロスが埋められずに、原作小説を一気読みするということになりました。
小説もドラマもとにかく面白い。
労働ものにおける仕事のシーンって、ハリウッド映画におけるアクションシーン、スポーツ漫画における試合のシーンだと私は思っています。その描写がどれだけ作りこまれているかがとても重要なのですが、「これ経」はそんな私のワガママな欲求を思うぞんぶんに満たしてくれます。
一番好きなのは、主人公の森若さんが、後輩の真夕ちゃんに数字が合わないと報告されて理由を探すシーン。ドラマでもやってましたね。企業のバックオフィスで働く私の友人が「あのシチュエーション考えるだけで背筋が寒いくなるわ」と語っていましたが、数字が合わないって企業では大変なことなのですよね。2円足りないから部長のポケットから2円出しておけばいい、では済まないのです。数字が合わないことの裏には必ず何かある!
このシーンでは、新発田部長も合わせて計四人の経理部員が協力してことに当たるという展開も熱いのですが、彼らの仕事のやり方、能力の差、性格の違い、関係性が見事に書き分けられていてすごいんです。
そして、青木祐子作品では、仕事描写だけでなく、プライベート描写のディティールも緻密です。森若さんが自宅に帰って食べる夕ご飯、冷蔵庫の中身、趣味の映画鑑賞、ネイルの色、などなどを読むのもすごく楽しい。森若さんと一緒に、私も豊かな休日を過ごしている気分になれます。
こういう、プライベート描写は私がもっとも苦手とするところで(遊びのない仕事人間なので)本当に勉強になります。
青木さんにお会いしたのは初めてだったのですが、着席するなり、お互いの来歴を話して、そのまま、労働ものを書くときにこだわるところや、架空の会社をビルディングしていく楽しさをお話ししました。
青木さんは、「これ経」の森若さんのような、太陽くんのような、そんな印象の方でした。小説家と話しているというよりは、会社のオフィスで椅子をくるりと回して、後ろに座っている先輩と話しているような……そんな親しみを覚えました。
紙面には入りませんでしたが、社史がお好きと伺ったので、川崎にある社史専門の図書館を激推ししていたりもします。
2時間があっという間で、私的に「えっ、まだ5分くらいしか話してませんけど……」という気持ちでお別れしました。
青木さんは3月から3作連続刊行をされます。これも嬉しい!
「これ経」はコミカライズも出ています。
小説はちょっと敷居が高いという方や、小・中学生に買ってあげるならこっちがいいかも。
とにかくお仕事小説好きの方で、まだ読んでないという方がいらっしゃったら、いますぐゴー!です。
対談におさまったのはお話ししたことの四分の一くらいでしょうか。とにかくたくさんのことをお話ししてお別れしました。