Vol.5 白い病
今回は脇道へ。読んで印象に残った本の話を。
表題の「白い病」は、カレル・チャペックが1937年に著したSF戯曲である。
カレル・チャペック氏は、チェコの作家でSF作品を主に発表している。
「白い病」以外にも、「ロボット」の語源となった戯曲「R.U.R.」やSF小説「山椒魚戦争」などが代表作で挙げられる。
タイトル「白い病」は、世界中で大流行した「黒死病(ペスト)」に対置したものである。COVID-19のまん延によって、アルベール・カミュの「ペスト」が再び脚光を浴びたのは、記憶に新しい(私は「ペスト」は持っているが読んだことはない)。奇しくも、「白い病」が赤の岩波文庫で発売されたのは、2020年の9月である。これまで、「白い病」はチャペック氏の戯曲全集に収録されていたが、この作品が単体で日本で出版されるのは初めてである。この本もこのご時世に一石を投じるものとしてふさわしいのではないかと思い、今回は記事を書こうと思った。
あらすじは岩波書店のHPや他の人に委ねることにして、私なりの感想を。
①医師の政治的スタンス
治験を順調にこなした町医者は、薬の提供にある条件を出した。「戦争を止めること」である。町医者は従軍医の経験があり、その経験をもとに戦争に反対していた。もし、戦争を止めない場合は、貧しい人々の治療に従事すると主張した。しかし、治験を提供した大学や国は戦争を止めることはできないと彼を解雇してしまう。
この描写は注目に値する。昨年の日本で話題になった日本学術会議の会員の任命問題とつながるところがある。国に都合の悪い思想信条をもつ研究者を排除して、都合のいい御用学者を重用するのは、政府の在り方としていかがなものか。そして、研究者の思想信条はどこまで尊重されるべきなのか。示唆に富む描写である。
②戦争をめぐる世論
政府が戦争を止めない理由は、この戦争は「平和」のための戦争で、平和を望んでいるのは「国民」であるからだった。しかし、戦争の初発の動機に「国民」はなく、政府によって煽動されて戦争への世論が高まっていった。そして、この世論は町医者の運命をも左右する。
この戯曲が発表された時期との関連する。当時のヨーロッパは戦争の火が燻っている。ファシズムが台頭し、大衆扇動が行われていた。つまり、ここでいう「平和」や「国民」は誰が何を指して呼んでいるのかは検証されなければならないし、これは現代にもいえることではなかろうか。