チャプター1:思い出と決意
「顧みはせじ 我が人生悔ひはなし」
そうつぶやいた俺は、被っていた帽子を外し、もう帰ることができない懐かしき故郷、大日本帝国に思いを馳せながら艦上から海を眺めていた。
波は荒れておらず、静かにさざ波が打ち寄せては返しているだけで、周りには何もなく、ただ風が緩やかに吹いている。
視線を横に向けると、共に歩んできた三菱製の零式艦上戦闘機52型が並んでいる。その中に俺は乗り込んでいくのだ。
今は俺以外誰もおらず、零式もまた俺と同じように海を眺めているのだろう。最後のひとときを共にしているのかのように。
俺は最後のひとときを彼らと過ごすために近寄り、じっくりと観察した。濃い緑色の機体に、赤い丸とその中に小さな赤丸が三列に並び、丸い形のコクピットの背後には「52-104」と黄色の数字が書かれている。
よく見ると、窓には弾丸で傷つけられた痕がいくつかあった。本当に良く生きてきたなぁと感慨深く思い、涙がこみ上げてきそうになるのを、必死で堪えた。
「日本男子たる者、涙を見せてはならぬ。」
その瞬間、上条上官の言葉が頭をよぎった。だがその言葉も声も聴けず、彼もまた特攻で散っていったのだ。
俺も、彼と同じように生きて帰らぬ者となるのだから、泣いてはいけない。後数時間で、再び俺は零式に乗って米兵と一戦交えていくのだ。
生きて帰れれば、母のお手製のおはぎが食べたい。生きて帰れば、父と居合を交えたい。生きて帰れば、美紗子、お前を抱きしめたい。お前の腕の中に帰りたい。
昔も今も変わらず、お前しかいない。どんなに離れていても、お前を想い、お前がくれた白黒の写真を見つめていた日々が恋しい。
「美紗子、お前だけは千代に八千代に…」
その瞬間、盛大にラッパが鳴り響き、俺は一目散に集合場所へと走り出した。幾度も心の中で思ってしまうのだ。
ああ、もう大地を踏むことも、海を泳ぐことも、賑やかに誰かと歌うことも、誰かを思い馳せながら歩くことも、もうできないのだ。運が良ければまたできるかもしれないが、今度はどうだろうか。