慶次郎の独白
自室で床に横になって眠る前に、美紗子との会話を思い出しながら、つい最近のように、美紗子と初めて会った時のことを思い出した。
まだ俺が中学に入りたてで、母になる方と妹を父から紹介された。その時の厳しい訓練や戦闘の合間に、ふと心の中で彼女の微笑みが浮かぶほど愛しくて、忘れる事など出来ない。
「お前の家族になる人だ」と、言われて挨拶しようと目を上に向けた時、初めて美紗子を見た瞬間、まるで雷に打たれたような衝撃を感じたのを、今でも鮮明に覚えている。
彼女は父の後妻の子で、血の繋がりはないとはいえ、俺にとっては一瞬で心を奪われてしまった。
どんなに厳しい訓練の疲れや戦争の厳しさを一時的に忘れるほど、彼女の微笑みが心に深く刻まれた。
美紗子の初めての声、初めて照れくさそうに微笑んだ時の表情、仕草、どれを取っても忘れられない。
特に、最近の訓練での苛酷さを忘れさせてくれるほどの存在だった。彼女が発するその言葉や仕草は、戦争の緊張感の中での唯一の癒しであった。
ただ、俺は知っている。
美紗子が俺の妹である以上、俺の心の中での彼女の位置は、ただの兄妹としてしか存在しえないと。
訓練や戦闘で心がすり減る中でも、その想いを心に留めておくのは難しいが、彼女との関係には一線を引くべきだと理解している。
ああ、無理だ。
この想いは止められない。
戦争の厳しさや訓練の辛さに直面しながらも、心の奥底で彼女を想う気持ちは消えない。
分かっている、自分の気持ちは彼女にとっては重いものであり、枷のように彼女を縛る事は本意ではない。
だから俺の想いを告げる事はしない。
ただ今は彼女のそばに居たい。
彼女の側で微笑みを交わし、彼女が発する言葉を噛み締めたい。
「また明日」という言葉に重みを感じて、発する度に想いが掻き乱される。俺にとっての明日はいつまであるのだろうか。
最近の訓練や戦争の厳しさを考えれば、もしかしたらその日が近いのかもしれない。自分が何かの役に立つ前に、美紗子の笑顔をもう一度見たいという気持ちが強くなる。
ああ、産まれてくる時代が違ったらお前と一緒に同じ年、同じ風景、同じ空気を味わうことができたのだろうか。
美紗子の手を繋いで街を探索することもできたのだろうか。戦争がなければ、普通の生活ができたのだろうか。
いくら悔やんでも仕方ない。分かっている、それでも美紗子に恋に落ちたのは俺は後悔していない。
そう思いながら、ぐるっと横に向いた時、机の下に出撃のために荷物をまとめた鞄が見える。その中には美紗子の写真が小さく、手帳に挟んでいるし、美紗子へ送る為に封筒と便箋も出来るだけ持っていく。毎日は送れないだろうが、寂しくさせたくはない。
俺が出来る限りの想いを、彼女に届ければそれでいい。俺の想いを告げる事はもはや叶わないだろうから。
そう想いながら、俺は出撃の時間まで眠りについた。