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中学生の静かなる反抗




私は小学校の時からとにかく勉強が大嫌いで、成績は図工(美術)と体育以外はほぼ3の、至って普通の脳みその持ち主でした。        

そんな私ですが、中学に入学して英語という教科が増え、小6の時に英会話教室に通っていた私はスタートから当然みんなより英語スキルが上ということもあり、初めて勉学で自発的にスイッチが入りました。絶対5を取ってやる!って。

案の定中学1年1学期の英語なんて滅茶苦茶簡単で、その期の英語のテストはオール100点!通知表は英語以外どうでも良い!全てを捨てて英語に集中していた私は、期末後の通知表を受け取りドキドキしながらめくると、そこに記載してあった数字は



英語 



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当時の私はピュアだったので、先生に抗議に行くとかよりただただ何回も通知表を見直して、見間違ってないかの確認を家に帰るまでひたすら繰り返していました。

今考えると、多分オール100点取った奴なんてたくさんいたんだろうし、先生も5の分配数がある程度決まっていて、授業中の態度でジャッジしたり先生の個人的好みなんかも入っていたのでしょう。私は幼少期から多動症で、一つのところにジッとしてらんないし、小学~中学全ての通知表に見事に (落ち着きが無い)(私語が多い)(手遊びが多い)と書き続けられ先生方には随時嫌われいたので、その辺で判断されたのだと思います。

しかし当時はそんなこと知らないし想像できなかったので、ここから完全に勉学のスイッチがオフになりまして、余計大人の事が嫌いになり、授業中ずっと妄想にふけったり、ひたすら絵を書いたり、手裏剣作ったり、息を止める練習(何分息止めれるか大会)等をしていました。



そして高校受験を目前に、成績が一向に上がらない私を見かねたのか親の知り合いのツテで家庭教師が来ることになり、強制的にサボれない環境に追いやられました。多分親はこれで安心を買い、その先生(当時現役九大生)も教えたいというオーラよりも、時給良いし飯付きだし紹介されたし仕方ねぇなー的な感じで、私とコミュニケーションを取るというよりも淡々と勉強を教え時間の経過を待つ、そして私はその先生のコトが全く好きになれなかったしそもそもやる気が無いという、誰も力が入ってない不毛な関係性が見事に構築されていました。

強制的に与えられた環境に日々悶々としながらその修行に耐えていたのですが、数学の勉強の時に滅茶苦茶難しい問題を、ある裏技的数式を使うといとも簡単に答えが出るということを教えてもらい、一瞬だけ「数学おもしろっ!」と思ってしまいました。そしてその先生も私が興奮してるのが分かったのでしょう、ドヤ感が溢れていたのを今でも鮮明に覚えています。

案の定、次の試験はそれと同様の問題が出たのですが、お忘れじゃないですよね?英語の3事件で大いに捻くれ、大人の強制的な押し付けに圧倒的不満を募らせていた私は、逆襲するチャンスや!とその問題の問いには、敢えてというか戦略的に何も記載しませんでした。


さすがに感情オフで教えてた家庭教師の先生も「これ教えたよね?すげーって言ってたよね?なんで空白なん?」と戸惑いを隠せない表情で聞いてきました。私は俯いて「これは教えてもらったので解けると思い、最後に回したら時間が無くなりました」と申し訳なさそうに呟き、でも心の中ではニヤついていました。

先生は思いっきり呆れた顔で「普通は解る問題から手を付けるんだよ・・」と呟き、普通じゃない子に教える難しさを体感してたように思います。  もちろん親もなんか知らんけどすげー怒っていて、先生が帰った後に先生が言ってた「普通は、、」という、正直私も分かってる普通の事を「普通は!!」と感情的に延々と私に向かって説教していたのを記憶しています。



今考えても当然誰も得しないし、親はお金の、先生は達成感の無い労力の、私は時間の無駄が発生した損だらけの関係性でしたが、大人に勝った!理不尽に勝った!という当時の私の欲求を満たすには十分な出来事でした。


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