私の苦手なあの子 消しゴム編⑤

「ねえ、小川さん?」

永崎君に肩を揺すられた。


「えっ?」


「花火もう終わってるよ。」


「あっ、うん、ごめん、先帰るね」


そう言い、走って家に帰ってしまった。


私は訳が分からなくて、ずっと線香花火の音だけが聞こえていて、逃げたかった。

永崎君がどんな顔をしていたのか、どんな気持ちだったのか、考えないようにした。





私は家に着くとすぐに麻美に電話した。


「もしもし。」


「麻美!!?」


「なに?そんな大きな声で。」

麻美は眠たそうな声をしていた。


「ああ、ごめん、寝てた?」


「ウトウトしてただけ。楽しかった?私と島田、ナイスパスだったでしょう?同じタイミングでラインするの大変だったんだからねー」

えへへと麻美は得意気に笑っていた。


「えっ?麻美、留守番じゃなかったの?」


「2人になる口実、作ってあげたんでしょ!有難く思いな!それで、どうしたの?」

ぶっきらぼうに麻美は言った。


「あのね、・・・えっとね・・・」


私は唾をゴクンと飲んだ。


「あのね・・・」


麻美がしびれを切らした。


「なに?永崎となんかあった?」



「・・・・・」



「黙ってちゃわかんないよ。どうしたの?」



「あのね・・・」



「あーもしかして、告白でもされた?」

麻美が冗談ぽく言った。



「・・・・・」



「さとみ・・・・・・・マジ?」




「・・・・・うん。」




「え?・・・・・うそ・・・・」




「・・・・・・」


「・・・・・・」



私はその瞬間、麻美の様子がおかしい事に気づいた。


「麻美・・・?」


「そうだよね・・・・よかったじゃん・・・・」


電話の向こう側から麻美の泣いている声が聞こえた。


(え?なんで泣いているの?)


「ごめん、さとみ・・・・切るね。」


そう言い、通話が切れた。





勘の悪い私でもわかった。


麻美は永崎君の事が好きだ。


全然気づかなかった。


自分の事ばかり考えていて、麻美がどんな気持ちで今日付き合ってくれたか、どんな気持ちで私の事を応援していてくれたか、なぜあの時あんなに怒ったか、私は何も気づいていなかった。バカだ。私はバカだ。



麻美を傷つけた。






8月に入りると麻美から「登校日に話そう」と連絡が来た。


登校日の帰り、私はいつもの時計台の下で麻美を待っていた。

教室では一言も話さなかった。


「さとみっ」

麻美の元気な声が聞こえて振り向いた。

麻美はいつものように笑っていた。


「麻美・・・あの・・・」

私がもたもたしていると麻美に先を越された。


「ちゃんと返事しなよ。」


「え?」


「どうせ、まだ返事してないんでしょ。ちゃんと、永崎に自分の正直な気持ち言いなよ。あいつ待ってると思うよ。」


「麻美・・・でも・・」



「あっ、私の事は気にしないでね。さとみが永崎の事1年の時から気になってたのは知ってたし、まさか私も・・ってなるなんて思ってもみなかったから、つらい時もあったけど、さとみの事は応援してるから。だから、私の事は気にしないでね。・・・・・・・・だけど、やっぱり・・・ちょっと辛くて・・。ごめん、・・・だから、ちょっと距離置かない?」



「えっ?」


彼女の顔を見ると、笑顔だった。



「ごめんね、さとみ。少し時間ちょうだい。しばらく友達やめよう。勝手な事言ってごめんね。」

麻美は笑顔で私に背を向けた。


「しばらくって・・・」

私の目から涙が零れた。


「また、連絡するから。」

背を向けたまま彼女はそう言い、行ってしまった。



私は大切な親友をこの夏、無くした。






しばらく動けなかった。

辺りはすっかり暗くなっていた。


「小川さん・・・」


後ろから声がした。振り向くと永崎君だった。

あの日以来だった。



「どうした?」


私は永崎君の顔を見ると涙が溢れてきた。


「なんかあった?」



「何でもない」

首を横に振る私の顔を覗き込む。


「何でもないのに泣くのかよ。」

永崎君は、顔を塞ぐ私の手を掴んだ。


「俺があんな事言ったから?」


また首を横に振る。


「はぁ~麻美となんかあった?」


ため息交じりの質問に私は麻美と自分の気持ちを重ねてしまい、永崎君に怒鳴った。


「麻美って呼ばないで!!」


永崎君の腕を振り払って、走って家に帰った。






それからの夏休みは最悪だった。


何もする気に慣れなくて、誰とも連絡を取らなかった。というか、そもそも友達は麻美しかいなかったから、麻美から連絡がないと私は1人ぼっちだった。

何度か永崎君が家に尋ねてきてくれたけど、1度も会わなかった。
どんな顔で会えばいいのか、どんな気持ちで会えばいいのか、麻美の気持ちをしった私はどうしたらいいのか、何もわからなかった。






2学期が始まりあっという間に秋になった。私は15歳になった。


麻美と口を利かなくなって、私は1人でいることが増えた。もともと友達も少なかったし、団体行動は苦手だった。だからちょうどいい。


永崎君とは席替えで席が離れた。そうなると益々話すこともなくなっていった。



「次の体育は体育館で行うので着替えて集合するように。」

担任からの指示で皆、体育館へ向かう。



誰もいなくなった教室で私は1人外を眺めていた。


体育なんてする気になれなかった。もう、サボりも3回目。

何もかもどうでもよかった。




ガラガラ、

ドアが開いた。


振り向くと島田君だった。


「どうしたの!?授業中だよ?」


「話しがあって。」


島田君はずっと話すタイミングを探していたと言った。


「伴から、小川さん、体育は休んでるって聞いたから、今なら話せるかなって、思って・・・・・・・あのさ、俺が言う事じゃないかもしれないけど、伴に返事してやってくれないかな。」


私は目を逸らした。


「伴、後悔してる。小川さんに告白したこと。泣かせたって言ってた。理由はわからないけど、ダメならダメで、ちゃんと、伝えてくれないかな。そうじゃないと、あいつ前に進めないから。」


島田君の声が少し震えていた気がした。


「うん・・・分かった。」


「ありがとう、授業中だから行くわ。」

そう言い、静かに教室から出ていった。




もうすぐ体育が終わる。みんなクラスに戻ってくる。


クラスの子達も薄々、私と麻美の間に何かあった事は気付いているようだった。人付き合いの苦手な私は、ほかのグループに入ることもできなかった。むしろ、しなかった。
麻美と話さなくなってから、麻美はすぐに違うグループに入って楽しそうに見えたけど、私はクラスでの居心地がどんどん悪くなっていった。


少しずつ休む日が増えていった。



つづく




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