かなしさはトマトソースと煮詰めて - 星野源「そしたら」と僕の話
今や時代のポップシンガーになった星野源さん。一昨年、彼が紅白歌合戦で披露した「不思議」は言わずもがなだが、不思議のシングルに収録されているカップリング曲が僕は大好きだ。
それが文頭で歌詞を引用した「そしたら」である。もともとはラジオ番組『バナナムーンGOLD』を担当するお笑い芸人、バナナマン日村さんの誕生日企画で作られた楽曲だったそうだ。あまりのその反響に、カップリング曲に選んだと星野源さんも自身のラジオ番組で語っている。
そんな「そしたら」の英語タイトルは「Tomato」になっていることをご存知だろうか?
僕がそれを知ったのは、勉強にもなるかとiphoneの言語設定を英語へと切り替えた時だった。僕は今、イギリスはロンドンに住んでいる。ウクライナでの戦争の影響もあって、今では東京から飛行機で約15時間、距離にすると約13,500km。考えても想像がつかないくらい遠い。人も街並みも文化も、日本とは全く違う街にいる。
ロンドンに来て初めて海外で部屋を借りた。東京ではずっと実家に住んでいたから家探しも人生で初めての経験。何事も勉強。慣れない自炊だって、するからにはいつか誰かのためにと思ってご飯を作っていた。そう思えば、思い描く未来が楽しかったから。そして、当時付き合っていた人にいつか披露したいと思って、作っていたのがトマトパスタだった。
物価の高いイギリスでの僕の主食はパスタだ。なんてたって近所のスーパーで500gが50円で買える手頃さに、料理がほぼ初心者の自分にでも取り扱える簡単さ。瓶詰めのトマトソースも同じく安かった。日本でいうスーパーのプライベートブランドのような廉価版だけど、今の自分にとってはこれで十分。かなしいことがあった日には、未来を想像してトマトパスタを作る。そんな習慣がいつの間にか出来上がっていた。
けれど、どうしても楽しいだけでは日々は続かない。どうにかまた彼女に再会できる日を夢に見ていたけど、夏の始まりに別れを告げられ、僕の遠距離恋愛は半年も持たずに呆気なく終わってしまった。いよいよ連絡が取れなくなった夏の終わり、僕がキッチンに立っていると、イヤホンからロンドンに来て何度も聴いた、あの「そしたら」が流れてきた。
初めて泣きながら台所と向かいあった。唐辛子がツーンとくる以上に鼻をぐずぐずさせて、玉ねぎを切ったからというには大袈裟すぎるほど全身震わせ泣いて、トマトパスタを作った。明日なんかもう来なくてもいいと落ち込んでいた僕にとって、「今日まで続いてよかった」という歌詞はどんな失恋ソングよりも優しかった。「そしたら」自体、大切な人のためにトマトパスタを作るという幸せな日常な曲のはずだ。それでも海外でひとり忘れ去られていくように感じていた当時の僕にとって、忘れずに見守ってくれているような、あたたかさを与えてくれた音楽だった。その日は泣きながらトマトパスタをたいらげた。
あの日以来、トマトパスタを作るたびに「そしたら」を聴いている。粉チーズやバジルが仕上げに欠かせないように、聴くのも欠かせない。聴いて、食べて、また元気になって、明日に向かう。トマトパスタを作るのも上手になった。またいつか出来るであろう大切な人にトマトパスタをふるまえる日が来るまで、あとどれくらいだろうか。明日なんて誰も知らないけど、でも今日まで続いてよかった。今日もまたトマトソースはかなしみを煮詰めて、僕に美味しいトマトパスタを作ってくれる。
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