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最後のおみやげ

今も枕元に常においてある。
黒いアヒルのビニール人形。
祖母が寝たきりになる少し前に、高校生になる私のために
おみやげに買ってきたものだ。
勉強が忙しく、テストに次ぐテスト、少しでも順位を落としたら
大学への推薦入学は諦めなければならない、付属高校の闇。
いや、そんなことではない。あの頃の私を苦しめていたのは。
学校での生活。いじめ。友達がいない。拒食。嘔吐。不眠。
出かけたときには、決して自分へのお土産を忘れたことがない祖母
その祖母が買ってきた、最後のお土産。
高校生に渡すにはあまりにも似つかわしくないアヒルの人形。
人間としてギリギリの縁に立っていたあの頃の自分だったが、
こんな物はいらないと投げてしまうほどには腐ってはいなかった。

祖母の半生を語るにはあまりにも荷が重すぎる。
晩年には、ただ孫の私と話すこと、顔を見ることだけが生きがいとなっていた。
もっと祖母と話しておけばよかった。
優しくしてあげればよかった。
そんな反省はいままで嫌と言うほどしてきた。
なぜそれができなかったのか。
祖母の具合が悪くなったと聞いたとき、五分とかからない祖母の家まで、
行ってやることさえしなかった。
その頃の私は、家を出ることさえ重大事だった。
ただ、ゾンビのように学校と家の往復。明日のテストの公式を丸暗記。
他のことは一切考えたくない。煩わしいことはすべてシャットダウン。
そんな、死人のような生活のさなかに、一度だけ思ったことがある。
この地獄のような高校生活をおえて、晴れて大学生になったら。
色んな人と話して、いろいろなところに行って、車の免許を取って、
ばあちゃんを乗せて、どこか景色の良いところに連れて行って、
旅をしてみたい。きっと喜ぶだろうな。喜ぶ顔が見えるようだ。
けれどそんなことは叶いはしなかった。
程なくして、寝たきりになり、ろくに見舞いにもいかないうちに、
亡くなってしまった。
私は相変わらず能面のように無表情に、葬式の日も単語を暗記していた。

そして今、また私は仕事に追われている。
来る日も来る日も、こなさなければならないスケジュールと格闘している。
食うために。
人間らしく考えたり、思い出したり、そんな余裕もなく。
仕事を終えたら、食ってすぐ寝る。
今、私を待ってる人はだれだろう。

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