書物巡礼 2021.7.1
「ハリーポッター」シリーズ全7巻
J.K.ローリング
「死とは長い一日の終わりに眠りにつくようなものだ。
結局、きちんと整理された心を持つ者にとっては死は大いなる冒険に過ぎないのじゃ。」
「心は書物ではない。好きな時に開いたり、暇なときに調べたりするものではない。思考とは、侵入者が誰彼なく一読できるように、頭蓋骨の内側に刻み込まれているようなものではない。心とは、複雑で重層的なものだ」
『スネイプに向き直ったダンブルドアの目に、涙が溢れていた。
「これほど年月が経ってもか?」
「永遠に」スネイプが言った。』
誰にも言いたくない出来事がある。
誰とも分かり合いたくない過去がある。
それはきっと、多かれ少なかれ、些細であれ重大であれ、全ての人が心の中に隠し持っている。
それぞれのパンドラの箱の中にそっと仕舞い込んで、ある人はなるべく思い出さなぬよう奥へ押しやり、ある人は事あるごとに箱から取り出し感傷にひたる。どんなに朗らかな人でも、素晴らしい名誉を獲得した人でも。私も、あなたも。
ハリーポッターを初めて読んだのは中学生のときだった。まさにハリーポッター旋風が巻き起こり、世界中で社会現象となっていた時だった。
私も読んで速攻虜になったものの、物語の伏線の応酬と登場人物の多さに頭が追いつかず、当時は途中で断念してしまった。
2度目のトライは20代前半の時。何とか全巻読破したものの、その時も頭の整理が仕切れぬままだった。
そして今年の春から数ヶ月をかけ、3度目の(全巻は2度目)読破をした。
大げさではなく、ここ数ヶ月の毎日の楽しみは”寝る前にハリーポッターを読むこと”だった。今回でようやくハリポタの面白さの真髄に触れることが出来たように思う。
児童書に分類されてしまうことで大人が手を出さないのは勿体無い、と言いたくなるほど大人が楽しめるファンタジーであり、素晴らしいヒューマンストーリーだった。
個人的に感動したのは、翻訳家・松岡佑子さんの卓越した文章能力と透けて見えるとてつもない努力と苦労。J.K.ローリング氏はウィットに富んだ方のようで、会話のやり取りのあちこちにそれが散りばめられている。その乙さを日本人の私たちが理解できるよう意図がブレないよう翻訳するのはかなり大変であったと思うが、海外ジョークに疎い私にもスッと理解できたし、更に日本語遊びにも長けていらっしゃり、話以上にその文章の凄まじさに関心を寄せたこともしばしば。
そして、今回読んで私が胸打たれたのはハリーではなく、アルバス・ダンブルドアとセブルス・スネイプの生き様だった。
ダンブルドアは誰もが畏敬の念を抱く偉大な魔法使いでありハリーが通うホグワーツ校の校長。優しく慈悲があり、どんな人にも公平に向き合う、ハリーにとって絶対的存在。一方スネイプはホグワーツ校教師でありながらハリーを目の敵にする嫌な男。見た目も中身もねっとりと陰険で、闇の魔法使いの配下にいた過去がある。誰もが「スネイプは信用ならざる者」と警戒していたが、ダンブルドアだけが彼を信頼し庇い続けていた。
そのふたりの不思議な関係性は全編に渡り謎めきながら話の鍵となり、最終巻でようやく全ての謎が明かされる。
非の打ち所がないと誰もが思っていたダンブルドアの若き日の消せない過ち。才能豊かであるが故に抑えきれなかった自我。ハリーが知るダンブルドアは夏の太陽の様に眩しく輝かしい人物だったが、その強い光の背後にはくっきりと真っ黒な影が存在していた。
そして、スネイプが人生をかけて貫いた一途な恋心。薄暗い日陰の様な人生の中で彼が愛した唯一の人。幼い頃からずっと、他の人と結ばれても、彼女が死んでも、揺るがないその人への想いのために命をかけた、あまりに切ない愛の物語。
この壮大な物語は、このふたりの人生の追憶でもあり、大人になった私にはハリーの人生以上に胸に刺さるものがあった。
20代で読んだ時にはまだこのふたりには共感しきれず、むしろダンブルドアに軽い失望感さえ抱いたのを読みながら思い出した。あの頃は、まだ他人の過ちに理解や寛容が持てていなかったのだ。素晴らしい人には落ち度などあるはずがなく、弱さやカッコ悪さに嫌悪感しか抱けなかった。自分に対しても他人に対しても”輝き”だけを求め、醜い部分を受け止め愛することの豊かさと大切さなど知らずにいたのだ。
そして知らなかった、スネイプの様な愛のかたちが存在することを。相手への思いが実ること、そんな一喜一憂などとても及ばない、存在そのものが心を満たし生きる理由になってくれる。たとえ2度と会えないとしても。
誰かの心に深く入り込むのはいつだって胸が痛いものだ。架空の人物であろうとも。
キングスクロス駅9と3/4線から私がまた7年の物語に乗り込む日々がやってくるのは、そう遠くない未来に思う。
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