オンタリオに筆記体教育が帰ってくる
英語を手書きするときの書体には、主に筆記体とブロック体があります。パソコン使用が広がるにつれ、キーボードタイピングさえできれば良いという風潮が高まり、オンタリオ州では2006年から筆記体の学習は必修ではなくなりました。ところが、今年9月から、小学校3年生のカリキュラムに筆記体が復活しているそうです。
今なぜ筆記体?
カナダでは各州の教育省が学習指導要領を管理しています。オンタリオ州の他に、ブリティッシュコロンビア州やニューファンドランド・ラブラドール州の3州が、筆記体を必修項目としていませんでしたが、今回オンタリオ州が必修に切り替えました。(準州については情報が見つけられませんでした。)
その他の7州はずっと小学校で必修となっています。ですので、同じ国なのに、筆記体を読める(または書ける)人と読むこともままならない人が混在しています。お隣のアメリカも2010年から筆記体を教えなくなったようです。
筆記体の復活を推進するオンタリオ州のスティーブン・レッチェ教育大臣は、「子どもたちの表現力や批判的思考力を高める上で、筆記体は重要なライフスキルであることが研究で明らかになった」とし、「筆記体を使うことで、自分の考えを滑らかに紙面に書き出すことができるようになる」と言っています。
ただ、筆記体を学習しなかった若い先生が、子どもたちに教えられるのかが気になるところです。
筆記体及び手書きのメリットとは
このコラム記事を書くにあたり、色々な新聞記事やニュース動画を探してみました。オンタリオ州が筆記体をカリキュラムに復活させる理由には以下のようなものがあります。
速く書ける
―ブロック体は、文字を1つ書く毎にペンを紙から離さないといけません。慣れると筆記体の方がブロック体より書きやすいし速く書けます。私も手書きの場合は筆記体ですが、最近はパソコン入力が主で、メモや誕生日カードを書く以外、手書きはめっきり減りました。
文章力と認知力の向上
-オンタリオ教育学研究所のシェリー・スタッグ・ピーターソンさんは、「筆記体を教えなくなったのは間違いだ。子どもが手を使って書くことで、自分が書いている言葉についてより深く考えることができるようになり、ひいては読み書き力の強化に繋がる」と言っています。スペリングやフォニックスの向上にも良い影響があるようです。
世代間のコミュニケーション
―おじいちゃんやおばあちゃんが書いた手書きのカードや手紙を孫が読めないと寂しいですね。また、年配者との接触が多い仕事、例えば介護士や看護師も筆記体を読む機会が多いかもしれません。
昔の資料を読める
―タイプライターが出てくる前のものには手書きのものも多いでしょう。昔の資料を探さないといけない仕事に就いた場合、資料が読めないということにもなりかねません。
書類のサイン
―海外はサイン社会です。今でもサインは筆記体で書くほうが恰好良いようです。わが家の子どもたちも筆記体でサインを練習していました。
字が綺麗になる
―近年、人が読める程度に綺麗な字を書けなくなった子どもが増えたようです。教師を目指す私の娘が、中学校での教育実習中、ブロック体でも字が汚い子が多く、読むのにたいへん苦労したと言っています。手で文字を書くという文化そのものが廃れつつあり、筆記体カリキュラムの復活で手書きの機会が増えると、字も少しは綺麗になるのではないでしょうか。
ヨーロッパでは筆記体は健在
私が今年語学留学したフランスでは、メニューが黒板に筆記体で書かれているレストランが多かったです。また、ホームステイ先のホストマザーは、家を留守にするときなど筆記体でメモを残してくれました。筆記体を読めないと、メニューや手書きのメモが読めないということになります。
もしかしたら、お子さんが将来、外国に住んだり働いたりする機会があるかも知れません。海外は筆記体が衰退したアメリカだけではありません。世界で活躍するには、手書きの筆記体が読めたり書けたりしないといけない場面が出てくるかもしれません。
日本でも教えなくなった
日本では、ゆとり教育の学校週5日制が始まった2002年から、中学校での英語筆記体は必修ではなくなりました。しかし、前述のように、ヨーロッパでは筆記体をよく目にしますし、カナダも今年から10州のうち8州が筆記体を教えることになります。今回のオンタリオ州の筆記体カリキュラム復活については、教育者や親は押しなべて好印象を持っていて、中には遅すぎるという意見もあります。
カルガリー大学のヘティ・ロシン名誉教授は、「メモをとることや読み書きできることは学校や社会で生活する上で重要であり、筆記体で手書きができることは貴重なスキルである」と述べています。子どもたちに最大限に基本的な能力を身に着けさせることは、大人の義務だと言えますね。
Toronto Star, June 22, 2023, Cursive writing to be reintroduced in Ontario schools this fall
この記事はカナダ日本語情報誌『TORJA』連載コラム『カエデの多言語はぐくみ通信』2023年10月号に寄稿したものです。 ☞ https://torja.ca/kaede-trilingual-44
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