黒い樹液を飲む女。
「寒いねえ…。」
ハーッと、手に白い息を吐きながら彼女はそう言った。それに対して私は何となく返事をする。こんなクソ寒い中私たちは外を散歩している。今日はクリスマス。それに、雪が降っている。ホワイトクリスマスだ。こんな事は滅多にない。だから、私たちはこの珍しい景色を一目見ようと外に出ている。問題点を挙げるとすれば、相手が恋人ではなく腐れ縁の友人であるという点か。残念だ。
「私と2人でクリスマスを過ごしていいの?もっと他にいい相手がいるんじゃないの?」
彼女はそんな事を私に聞いてきた。「いるわけないでしょ、いないからこうやって相手がいないあなたと2人で傷を舐め合っているのよ。」私は少し馬鹿にするかのように彼女に言った。なんやかんやで彼女といるのは楽しい、恋人がいなくても彼女が居ればそれでいいとさえ思っている。私にとっての幸せは、相手を見つけて子供を作ることではない。誰かと時々一緒に笑いあって過ごすことなのだ。世間一般の幸せを否定して、それ以外の幸せを見つけるために生きてる私に、恋愛なんてものは不要なのだ。
「ちょっと!私は今いい感じの殿方がいるんですけど!」
その言葉を聞いたとき、私の胸は少し痛んだ。ズキズキという感覚だ。初めての感覚。これは十数年前に感じたことがある痛みだ。でも私はコイツに対して好意は決してない。断じてない。それなのに、なんでこんな痛みを感じるのだろう。ああ、わからない。
「え?いい相手がいるの?」
私は意を決して聞いてみた。そんな話は一度も聞いたことがなかったからだ。「うーん。付き合ってはないけどね、一緒にいても嫌じゃないかな。あんたみたいな感じよ!」彼女は朗らかに笑いながら、でも少し照れくさそうに言った。ああ、いい相手がいたんだな。こんな日にそんなこと知りたくなかったな。そんな事を考えていると、直ぐ目の前に自販機があることに気がついた。
「ねえ。何か温かい飲み物でも買わない?ほら、自販機あるしさ。」
私は気分転換のつもりでそう言った。「いいじゃん!」と言って彼女は財布を出した。ブラックコーヒーを買っていた。彼女の性格には似合わないチョイスだが、彼女はいつもブラックコーヒーだ。毎回美味しそうに飲んでいる。ふと思い立って、私もブラックコーヒーにしてみた。リフレッシュになるかと思ったから。
「ふーっ。やっぱり温かいコーヒーって美味しいよねぇ。」
彼女は白い息を吐きながらそう言った。黒い液体と白い息。2つの相反する色と、それを口腔内でやり取りする彼女。なぜかその彼女の姿がとても愛おしくて、美しかった。ああ、この時間が私だけのものだといいのに。そう思いながら飲んだブラックコーヒーはいつもより苦い気がした。