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日常_07【漫画カイジの「沼」と杭問題】
「カイジ」とは、人生逆転を掛けた日本のギャンブル青年漫画である。
漫画を読んだことがない人も、映画があるので聞いたことはあるのではないだろうか。私自身も漫画は読んだことがないが、映画は1,2と両方観たことがある。
今回は、映画「カイジ2」に出てくる「沼」攻略について、気になったことがあったので、建築視点で書いてみようと思う。
決して「カイジ」を否定したいわけではない。
もちろん、架空のストーリーであることも理解しているし、物語自体はとても面白い。まさに男のロマンでもある。
ネタバレになるかもしれないので、まだ映画を見ていない方はご注意いただきたい。
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「沼」とは、映画カイジ2に出てくる高額パチンコである。名前のごとく、数々の挑戦者を沼に沈めたように、かなり難易度の高いパチンコとなっている。
映画では、かつての挑戦者が使ってきた13億という金額が貯められており、カイジはその「沼」に挑むのである。
パチンコ自体詳しくはないが、金額を使えば辺りは必ずくるものだ。
ただこの「沼」はそうではない。
「沼」が置いてある店舗自体が、絶対に出ないように調整しているのだ。
「沼」は、パチンコでよくみる鍵が羅列された「釘の森」と呼ばれるゾーンと3段のクルーンと呼ばれる確率台で構成されている。
「釘の森」を抜けたクルーンは3段あるわけだが、1段目は穴が3つの内1つがあたりであり、そこにはいれば2段目にいける。2段目は4つの穴の内あたりが1つ。そして3段目が5つの内あたりが1つである。
それであれば、クルーン到達時点で13億獲得する確率は、1/3×1/4×1/5であるため、1/60となる。
だが実際は、そのクルーンは手前に傾けられており、3段目のあたりの1つは奥側にあるため、間違ってもあたり穴に入らないように調整されているのだ。
それに気づいたカイジ達は、クルーンの傾斜を奥側にするため、建物自体をクルーンとは逆に傾けるという奇策を打つ。
「地盤が緩い」という、近隣の建物の工事からこの方法を思いつくのである。
結論を言えば、「沼」が置かれた建物に、1㎥の水槽を20個(2t)置くことで荷重を掛け、建物を傾けることに成功したカイジ達は見事に「沼」を攻略し、13億もの賞金を手にするのだった。
気になったことはまさにここである。
荷重によって、建物を傾けることはできるのか?
そう聞かれれば、私は不可能であると即答するであろう。
なぜなら、映画に出て来るような9階建の建物には、【杭】があるはずだから。
ただ、杭があったとしても傾いた建物がある。横浜にあるとあるマンションだ。
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私が入社した年に起きた建築業界の事件といえば、【杭問題】である。
ボーリングデータの改ざんにより、既製コンクリート杭が支持地盤に到達しておらず、建物自体が傾いてしまったと言う事件だ。
建築の構造計画をする上では、まず最初に地盤調査を行う。
方法は様々であるが、最も一般的なのはボーリング調査であろう。正式にはボーリング・標準貫入試験といった方が良い。
計画敷地の数カ所で、ボーリング(孔をくり抜く)をし、その孔を利用して1mごとに地盤の硬さを調査する標準貫入試験を行うのだ。更には土質のサンプルの採取を行い、杭貫入時にその土質サンプルと整合を図ることで支持地盤に杭が到達しているか判断する。
標準貫入試験については、一級建築士の試験に出題されるので必ず覚えて置いてもらいたい。
簡単に説明すると、63.5kgのハンマーを75cmの高さから自由落下させ、そのハンマーを土中に30cm貫入させるのに必要だった打撃回数をN値とし、N値が高い数値なほど地盤は硬いと考えられる。
構造設計者はそのN値を持って、支持地盤を決め、杭の長さを設計するのだ。
当然カイジの「沼」がある建物は、見た感じ9階建なので、いくら古いといってもこのような地盤調査は必ず行われているはずだ。
だからこそ、地盤が緩いのであれば、間違いなく杭が計画されているため、【杭問題】のような事象が起きない限り、いくら水槽による荷重をくわえたとしても、建物が傾くことはあり得ないと断定できる。
映画カイジ2の「サカザキコウタロウ」(カイジと一緒に沼を攻略する男)は、以前の職業を大手ゼネコンの現場監督といっていたので、まず間違いなく杭の存在に気がつかないはずがないのだ。
杭があった場合には、「沼」攻略はあり得ない。
あの規模の建物で杭がないなんて言うのはもっとあり得ないのだ。
もっと言うと、あのような敷地の狭い建物であれば、間違いなく現場打ちコンクリート杭(場所打ちコンクリート杭)であろう。ボーリングデータを元に工場で作成してトラックで持ってくる「既製コンクリート杭」と違って、「現場打ちコンクリート杭」は、先ほども言ったように、実際に採掘した孔の土質サンプルと整合し、支持地盤を確認してから、現場で鉄筋を挿入し打設するので、支持地盤に到達しないと言うことはない。
カイジ達が「沼」を攻略するための建築条件
①9階建にも関わらず杭がなかった場合(構造設計者がポンコツ)
②杭が工場で作成する「既製コンクリート杭」でかつ支持地盤に到達していなかった場合(杭業者がポンコツ)
③施工者があんな狭い敷地なのにも関わらず「現場打ちコンクリート杭」としなかった場合(現場監督がポンコツ)
以上のどれかを満たさなければならない。
普通の設計者であれば、カイジが「沼」を攻略し、地下労働の仲間を救うこともできなかったであろう。
「私が設計者でなくて良かった」とカイジには是非お礼を言ってもらいたい。
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