書籍紹介 - ”量子の世界を見る方法 「スピンとは何か」”
はじめに
今回は、ブルーバックスの、”量子の世界を見る方法 「スピンとは何か」”を紹介します。
量子力学に関する思い出
量子力学は直接目にすることができない極小のスケールの世界の物理法則に関する学問です。私たちの生活には欠かせない光や電気の元々の姿は、日常のスケールの世界ではありえない、波と粒子の両方の特徴を持っている量子と呼ばれる存在です。私たちの体も含め、物質を構成する原子は、原子核とそれを取り巻く電子群から構成されています。さらに原子核は中性子と陽子から構成され、それが素粒子かと思いきや、さらにクォークという、現時点では多分それが最小単位だろうと思われる素粒子から構成されます。素粒子は幾つかのパラメータで特徴づけられます。パラメータは飛び飛びの値しかとることができません。また、実験観測の際、どんな値になるのかは複素数でしか表現できない確率密度(波動)関数で記述される確率に従います。
※ この、”飛び飛びの値”になることを量子化といい、それらを扱う学問なので”量子力学”。
極小のスケールの世界は、日常のスケールでは全く問題なく適用できて、かつ、私たちの一般感覚と齟齬のないニュートン力学の世界とは全く異質ではあるのですが、量子論的な法則が働かないと、我々の物質世界が成り立たないのも、また、事実です。
極微の世界は目視できないので、見えないものを見るための工夫が、20世紀初頭から現在に至るまで物理学の世界で日々延々と行われているんですね。この世界の根本原理はだいぶ明らかになってきたものの、重力を含めた統一的な理論は未だに確立されてはおらず、ニュートリノに質量があったことも含め、いまだに全ては解明されてはいません。
この手の解説書は、数式や専門用語はあまり使わず一般読者の直感的な理解を優先するか、数式や専門用語をバンバン使って門外漢には珍紛漢紛なもののどちらかになりがちです。
しかし、この本は、専門的な数式や用語も使いつつ、判りやすく解説されているのが良いですね。私は物理学専攻の修士卒で、ずいぶん昔に習ったなぁ…と学生時代の授業を思い出したり、卒業後にこんな進展があったんだ…なんて思いながら読み進めました。
文中に出てくる筑波のフォトンファクトリー、昔々、研究室の先輩の実験のお手伝いで行ったことがあって、SF 映画に出てくる宇宙船の内部みたいだと思ったことも思い出しました。そういえば、Windows 1.x がインストールされた PC 98 系があったな…
あれから30年以上経っているので、もっともっと進化してるんでしょうね。私の修論の主査を担当していただいた教授の名前も久しぶりに目にしました。当時から世界的に超有名な先生で、主査をお願いしに行くときは、勝手に恐れおののいてましたが、実際はとてもやさしくご対応いただいた記憶があります。まぁ相手にされてなかったのかもしれませんが(笑)
しかし、なんで、スピンの基本単位は、整数でなく、二分の一の倍数なんだろう?クォークの色も、三分の一とか二とかでこちらも不思議。
IoT の活用と物理学の実験の相似性
で、何故?この IoT の定期購読マガジンで、この書評を書いているかなんですが、物理学の実験と IoT の活用は似ているなぁ…と、常々思っていて、それに通じる様な話がたくさん載っていたからです。
物理学の実験、特に、量子力学の様な直接目に見えない極微の世界を対象にしたモノの理を調べる実験を行う場合、まず、「何がしたいのか」があって、その為には「何のデータを確認すればよいのか」を明確にし、「それをどうやって測るのか」その実験方法を考えて実験環境を構築して、実際に実験を行います。データは多ければ多いほどいいですが、計測後はその実験の精度や正確さを考慮しつつ「測ったデータをどう解釈するか」を考え、データに基づいた、現実の世界を正しく表現するモデルを構築して答えに至ります。その後も、実験精度の不断の改善が続いて、更に精度の良い実験が行われて、ある時点では正解かつ十分だと思われた仮説に不備が見つかり、それを元にモデルが更新されていく…。
IoT の活用も同じなんじゃないかと思うわけです。まずは、「IoT で何がしたいのか」これが明確でないと、そもそも IoT を活用する意味がありません。それが、生産性改善であるにしろ、製品品質の向上であるにしろ、効率化にしろ、やりたいことによって、「何のデータを確認すればよいのか」は変わってくるはずです。パッと見て改善点が分かるような状況なら IoT の活用なんて言い出す前に判っている改善を行えばいいだけの話です。真の問題点や改善すべきポイントが判りやすく目に見えないからこそ、IT と現実世界との窓口である機器を使ったデータ収集が必要になるわけです。この状況は量子力学の様な目に見えない世界を明らかにしていく物理学の実験と同じなんじゃないかなと。IoT 化する対象のモデルを作り、そのモデルを元に、「何のデータを確認すればよいのか」を考えて、可能なコスト・期間で、サービスと連携可能な機器(これが所謂 ”IoT 機器”ですね)を使って、「それをどうやって測るのか」を検討して、IoT を実現する様々な機器・技術・サービス等を組み合わせてデータ収集可能なシステムを構築することになります。
データ収集可能なシステムが出来上がれば、収集したデータを元に、「測ったデータをどう解釈するか」で、ビッグデータを活用した、Machine Learning、AI 等が駆使され、旧来の IT ソリューションとの連動と共に、そもそもの「何をしたいのか」を実現していく事になります。
ちなみに、IoT 化対象のモデル化は、「Art of Conceptual Modeling」で解説している技法が間違いなく役立ちまず。概念情報クラス、特徴値、Relationship 等々、素粒子の量子化に通じるものがあるなと、本書を読んで改めて感じた次第。
IoT を実現する方法は、ずばり、この定期購読マガジンの「Azure の最新機能で IoT を改めてやってみる」という位置づけになっています。
現実世界は、やってみないと判らないことだらけ
その時点で多分こうだろうというモデルの正確さを実験で確かめているのに、どこかでモデルとはずれた実験結果が出ることを期待している…、そんな物理屋さん気質って、ちょっと変態的(笑)ですね。私の気質も同じですが(笑)。
IoT に限らず、データに基づいた改善を新たにやってみようという時には、大抵、「そんなこと測るまでもないよ」と斜に構えた人が何人か邪魔するものですが、それって、経験と勘ってやつなんですけどね、多分。
でも実際に測ってみると案外思いもよらない現実に遭遇して、やってみて初めて分かる事って、沢山ありますよね。
本書でも、141ページに載っている、シュテルンの実験で、陽子の磁気モーメントの大きさがディラック方程式の予言からずれていたことが判った時の逸話が正にそれ。
シュテルンが水素分子ビームを用いた実験を行おうとしていた際、そのシュテルンに対して、あのパウリは次のように言い放ったそうです。
こういうの好きだな…
あのパウリですら、こうなので、凡人たる我々レベルでは、現実のデータ収集は絶対にやってみるべきでしょう。
ただ、データ収集前に、「多分こうなんじゃないの?」という落としどころを元にした憶測で計測項目を決めて、恣意的にデータを集めるであれば、それはそれこそ、
「もし面倒な実験をする趣味があるというならそれをやるもの良かろうが、結果はもうわかっているのだから時間と労力の無駄になる事も確かだ」
なので、あくまでも「そこどうなってんの?」とか、「多分こうなんじゃないの?」の正しさを補強するデータ項目の選択と測り方ではなく、反対に、あえてその仮定をぶち壊す様なデータ項目の選択と測り方をする事が、「何のデータを確認すればよいのか」と「それをどうやって測るのか」を決める上でのポイントになると思います。
また、計測対象のデータ項目がただ一つということは無く、大抵の場合は複数のデータ項目が必要なのは言うまでもありません。それぞれのデータ項目は現実世界のモノ・コトの特徴値の何かに相当するので、それぞれのデータ項目の意味付け、関係が明確化されている事が重要です。現実世界の明確化=概念のモデル化なので、「Art of Conceptual Modeling」で解説している技法による概念モデルを是非作ってみてください。概念モデルは、計測する時だけでなく、「測ったデータをどう解釈するか」でも、非常に役立ちます…というか、モデルが無ければそれこそ、測ったデータは意味のない数字の羅列といってもいいんじゃないでしょうかね。
その他、雑感など
そういえば、大学院時代に聴いたドイツの教授の講演。波動方程式は、電子一個一個で定義されるのではなく、宇宙全体で一つだという説に衝撃を受けたのを覚えています。P266で紹介されている「量子もつれ」を踏まえるまでもなく、世界は全部つながっているんじゃないかと。我々の体を構成する素粒子は、もともとは宇宙の星屑なので、何気ない所作が、宇宙のどこかの知的生命体に影響を与えているかもしれないですね。
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