シーソーシークワサー【04 耳うちカノジョ~諭されてNo.1~】
――久しぶり。何かあった?
――起こした?わりぃ
――いや、寝るトコ、どした?
――俺、島、出た。もう戻らないと思う。
――って、朝からヘビーな会話。それで、今どこ? 私、都内からしばらくは動けないけど、また中華でも行かない?ハルミの好きそうな点心の店、見つけたの。
――ん。とりあえず、九州経由で上京する。待ってて。
――(笑)本気だ。わかった。待ってる。
――ごめん。ありがと、寝て
――うん、ありがと、寝る。
◆
絢からのラインを返しながら、乗船名簿を書く。朝の便に乗ると、鹿児島に着くのは夜になるらしい。忘れていたが、島を出るのは高校の修学旅行以来だ。クラスメイトは、島を出る旅行にはしゃいでいたが、俺はその時、学校行事というカテゴリの中にいて、島を出たという感覚はなかった。
大きな籠ごと違う場所に運ばれても、籠の中からは出られずにいる鳥たち。
そういう感覚だった。そういえば、いつか店にきた一見さんで、社員旅行中にやって来た女の子がいたっけ。ありったけのボトルを開ける勢いで店に乗り込んできて、一夜にして3年目の俺を、初めてNO.1にしてくれた子だった。名前は確か……そう、チコちゃん。
「そっか、チコちゃん、社員旅行中なのかー。いいの?ここで遊んでて」
「だってぇ。めーーーーーーっちゃ、つまんないんだもん、くっだらない、忖度ありきの無礼講なんて。ホテル戻りまーーーーっすって言って、遊びにきたの」
「はじめてなんでしょ?ホストクラブ」
「ぇええええ!どうしてわかったのぉ??ハルミくぅん、天才!!」
「だって、顔に書いてあるよ。『勇気を振り絞って来ました』って。ここに来るまでに飲んできたでしょ? こう見えて、ここの誰より店に長くいるから、分かるんだ、俺」
「ぅうううううわ!当たり!お祝いに何か注文して!好きなの、アンタの好きなの!」
迷った。一見さんは、羽振りがいいように見えて、飛んでしまうかもしれないからだ。彼女には、本気で払える能力があるのか、泥酔していて、大口をたたいているのかは、見分けがつかなかった。ここで飛ばしてしまえば、今月のポイントが一気に下がり、夢のNo.1まであと一歩というのに、ランク外に転落することだってありうる。過去に客を飛ばして、痛い目を見ていた俺は、一瞬、下を向いてしまった。
「どしたの?まさか、私が支払えないとでも思ってたんでしょ?」
不意に死角に入り込み、ちゃっかりと俺だけに耳打ちして上目使いしてきた、彼女の眼にやられた。見透かされていたのは、俺の方だったのだ。
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