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「これでいい」が「これがいい」に聞こえた夜
先日、親しくしている会社の新年会に足を運んだ。
ドアを開けた瞬間、目の前にパッと懐かしい顔が飛び込んできた。
「わぁ、久しぶり!」
以前、仕事で何度も一緒になった彼だった。
カメラマンとして活躍する彼には、正直、少し苦手意識があった。プライドの高さと、どこか焦っているような空気感が交じり合っていて、当時は「接しにくい人な」という印象を抱いていた。
でも、目が合った瞬間は、そんな昔の印象はふっと消えて。
「懐かしいですね!」
わたしもまた、満開の笑顔を彼に送った。
グラスを片手に、話は自然と過去の思い出へと流れていった。
共通の仕事現場でのエピソードに始まり、彼がカメラマンとして歩んできた道、その裏側にあった葛藤や悔しさを、彼はポツリポツリと語り始めた。
「巨匠に憧れたこともあったよ。ああいう人みたいになるんだ!って思ってた。でも、結局全然及ばなかったんだよね。」
苦笑しながら、グラスのウイスキーを揺らした。その視線は、どこか遠くの過去の記憶を追いかけているようだった。
「後輩にもいたよ。セルフプロデュースが上手くて、どんどん自分を超えていく奴。正直、悔しかったし、嫉妬もした。何度も『俺は何やってんだろう』って思ったよ」
少し間を置いて、彼は続けた。
「でもね、今はこれでいいって思ってる。今は今で、幸せだなって。」
低く、静かに、どこか自分自身に言い聞かせるように言った。
思わず、本心かどうか推しはかろうと彼の顔を覗き込んだ。
そこにはかつて彼が放っていたギラギラとしたオーラは消え、代わりに柔らかく穏やかな光があった。
周囲の人の賑やかな声が少し遠のき、静かに語る彼の声と言葉が胸の深いところに響いてくる。
「昔目指してたものとはだいぶ違うけどね。でも、これでいい。」
その笑顔は、どこか噛み締めるようで。
繰り返される「これでいい」という言葉で、自分自身に言い聞かせているようでもあり。
でも、穏やかな雰囲気から伝わってくるその言葉は、いろいろな経験や感情をこえて辿り着いた今だから語れる、本心なんだろうなと思えた。
帰り道、ふと自分自身を振り返った。
わたしはどうだろう。
まだまだ道半ばだ。
もっと言えば、道が定まったようで、今進んでいる道が果たしてどこへつながっていくのか、本当はわかっていないのかもしれない。
だからこそ、時に不安に苛まれるんだろうな。
でも、彼の言葉にあったように。
迷いながら歩き続けたその先に、「これでいい」と心から思える瞬間、自分の中で折り合いがつけられるときがきっとくる。
そうやって「これでいい」は、いつか「これがいい」に変わるのだろう。
そんな風に、今日もまた一歩、足を前に出してみよう。