自作自演
百人が見ている。
正確には、百人がモニター越しに見ている。
「では、どうしていろんなものがある中からスクワットを選ばれたのですか?」
「ジムに来る人は、ダイエット目的であることが多いんだよ。で、ダイエットに効果的なのは大きな筋肉を鍛えることことだから、スクワットを選んだのよ。」
今、オレはインタビュー企画<サツキの部屋>に出演している。
サツキの部屋って何かって?
サツキの部屋とはSNS上のカギアカ村で生まれた。たまに相手の話を聞かない女:サツキが、いろんな人にインタビューをしていく企画だ。
え?相手の話を聞かないのに大丈夫かって?
それも込みでこの企画は楽しまないとダメだ。もはやマジメなインタビューではなくなっている気がするが……。
「それで、今度、おしり撮影会をされると聞いたんですけど、それってなんですか?」
そうだ。それが本題だ。
数日前、ある男がオレに近づいてきた。その男は自らをおしりクリエイターと名乗った。ドレッドヘアという天才でなければ説明のつかない髪型をしている。
彼ががおしりつながりでコラボを申し出てきた。もちろん、オレは喜んでそれを受けた。きれいになったお尻をプロに撮ってもらえて、残しておけるのは良さそうだからだ。
しかし、一つ問題があった。
それは、すぐに撮れるおしりがないということだ。
そして、思わず言ってしまった。
「オレのおしり撮りますか?」
「というわけで、おしり撮影会をすることになったんですよ。」
チャットが重力を無視して流れる。
『ヤバッww』
『おもしろそう!』
『見た過ぎる!』
『楽しみにしてます!』
えっ……?どーゆーこと!?
おじさんのおしりをおじさんが撮るのを、なんでみんな見たいわけ?
画面の中で一人の女性が手を上げる。
「わたし、おしりを磨きます。」
おしりを磨く?
オレをグラビアアイドルか何かと勘違いしているのか?
再びチャットが勢いよく流れる。
『それ、おもしろい!』
『見たーい!』
『最高です!!』
その日のサツキの部屋は大盛況のうちに終わった………いや、終わってしまった。
百人がこの企画を知り、おもしろがってくれた……。つまり、逃げられなくなった……。
ならいっそ、この企画をどんな手を使っても盛り上げてやる!
たとえ、自作自演をしてでも!!
まずはじめに言っておくことがある。オレはおしりを見せたいというわけではない。
大事なことなのでもう一回言わせてもらう。オレがおしりを見せたいわけではない。気付いたら、見せざるを得なくなっていただけだ。
まずは、仲間を集める必要がある。
サツキの部屋ではじまった企画なので、当然サツキ。そして、新たに二人が募集に応じてくれた。
一人は、黒縁メガネにセンター分けのデキスギ。彼は、髪を染めてるバンドは聞いてはいけないと思っていたくらいマジメである。
二人目はオジーチャンと呼ばれている。見た目は若く、全くおじいちゃんではないのだが、ゆっくりな喋り方と物忘れが多いということからオジーチャンと呼ばれている。
もう一人、オレが直談判をして仲間に入ってくれた人がいる。イッセーと名乗った彼は、よく眠れそうな低音の癒しボイスを持っている。しかし、彼は毒舌である。癒しボイスで放たれる辛辣な言葉は、花束に隠される爆弾のような破壊力を持つ。
以上三人にオレを加えた四人が、サツキの部屋四大柱となって、サツキの部屋全体を盛り上げていくことになった。オレのおしり撮影会はその一環としておこぼれに預かる形になる。
まずは、先程決まったおしり磨きを盛り上げることから始めよう。
おしり磨きとは、アロママッサージのことである。名乗り出た女性はアロマセラピストである。普段は女性専門だが、特別にやってくれるとのことだ。
嬉しいんだか、嬉しくないんだか……。
『日程の件、それで大丈夫です。それで、一つ提案があるのですが、おしり撮影会に向けて盛り上げたいので、今回のアロママッサージを生配信にすることはできないでしょうか?』
ダイレクトメッセージを送る。まさか、自分のおしりを生配信する提案をする日が来るとは……。母ちゃんごめん……。
すぐに返信が来た。
『生配信大丈夫です!とてもおもしろそうですね!!』
【おしり磨きを生配信します!】と発信すると早速反応があった。
それもそうだろう。
おしりのアロママッサージを生配信など聞いたことがない。おそらく会議用アプリの開発者たちもここまでの広がりを見せることは予期していなかっただろう。
オレは、【おっさんのおしりを見たいやつなんているのか?】と返信する。すると、すぐにコメントが来た。
『マジかっ!!』
『見たーいww』
『楽しみにしてます!!』
ニヤリと笑う。
もう一度言っておくが、オレはおしりを見せたいわけではない。
このアロママッサージは二回行われることになった。
第一回目を盛り上げるために次の手を打つ。
『施術の時に履くTバックの柄をカギアカ村でアンケートを取りましょう。そして、それを買ってくれる人を募集して、巻き込む人を増やしましょう。そうしたら、きっと注目度が上がります!』
セラピストに向けて、ダイレクトメッセージを送る。
そのアンケートはすぐに実施された。
【おっさんの履くTバックに誰が興味あるんだよ!!】とコメントする。
アンケート結果は蛍光イエローとアニマル柄に決まった。
ここで、問題が発生した。
セラピストがTバックを買ってくれる人を募集したのだが、一向に現れない。
慌てて、オレも発信するが効果がない……。
マズイ……。このままだと……。
よし、こうなったら………
『じつは、今度、公開でアロママッサージを受けることになっちゃって、その時に履くTバックを買ってくれないかな?お金はオレが払うから。』
通信販売サイトのリストと共にダイレクトメッセージを送る。相手は、現実でも絡みのある仲の良い人間だ。
見せたくもないおしりを晒すときに履くTバックを、自分の金で誰かに買ってもらうという世にも奇妙な状況だ。
幸いにも、了承してくれた。
セラピストが【Tバックを買ってくださる方が現れました!これで無事、行えます!】と言った。
オレは【何が無事なのか分からないんですけど】と返す。
内心はホッとしている。一時はどうなるかと思った。
ん?セラピストがつぶやいている。
【当日のマッサージはこんな形で行いたいと思います。】
メッセージに画像が添付されている。そこには、中央に人がいて、カメラがどの角度からどこを撮るのかが分かりやすく説明されている。
オレは【丁寧に企画するのやめてもらっていいですか?】と返す。
うれしい誤算だ。
モニターに数人の顔が映り、オレを見ている。
いや、正確にはオレのおしりを見ている。
そして、オレもオレのおしりを見ている。
「すごい!おしりキレイですね!」
「え……あ…ありがとう…?」
褒められて戸惑うのははじめてだった。
「これは何を見せられてるんですか?」
「お前が見に来てるんだよ!!」
ナイス、ツッコミ!オレ!
「おしりのツボを押していきますね〜」
「ア゛〜〜〜〜〜」
声が勝手に絞り出される。
それを聞いて、爆笑が起こる。
とまぁ、こんな感じで第一回アロママッサージは大いに盛り上がった。
しかし、撮影会までまだまだ時間がある。
次の手は、おしりクリエイターのサツキの部屋の出演だ。
もうすでに出演は取り付けてある。ここでおしりクリエイターのことを、みんなにもっと知ってもらって、撮影会にうまくつなげよう……。
ピロリン♪
メッセージだ。知らないアドレスだな……。
『はじめまして。突然の連絡申し訳ありません。私、おしりクリエイターの友人のおしりミュージシャンと申します。おしりクリエイターのことで連絡しました。おしりクリエイターなのですが、昨晩、巨大なおしりに連れ去られてしまいました。もう見つかってはいるのですが、おしりに脳内浸蝕を受け、現在入院中です。何か予定があったようですが、こういう事態なので今回は見送らせてください。』
こんなにおしりが出てくるメッセージを見たことがない……。
じゃないっっ!!
おしりクリエイターが出られないだって!!!
マズイぞ……。いったい、どうすれば……。
「というわけで、今日のサツキの部屋のゲストだったおしりクリエイターが来れなくなってしまいました。どうしましょうか?」
オレは、サツキと四大柱との緊急会議を行うことにした。
「無しにはしたくないですよね」
デキスギが言った。
「急にゲストを頼める人いるかな?」
オジーチャンが言った。
「さすがにいないだろ、それは。」
イッセーが答える。
「だったらこの中の誰かですかね?」
サツキが口を開く。
「でも、それだと目新しさがないかなって思うんだよね。それに、今日第二回アロママッサージのアピールもしたいんだよね。」
オレが応える。
「うーん。」
沈黙が流れる。
デキスギが沈黙を破った。
「じゃあ、今日は四大柱の結成秘話ってことにしましょう。そしたら話の流れでおしりの話もできるんじゃないですか?」
「でも、せっかくなら盛り上げてからアピールしたいですよね。」
イッセーが言う。
「よし、わかった。今日は四大柱の結成秘話にして、後半におしりの話を持っていこう。それで、そのときにオレのことをいじってくれ。そしたらオレが『ちょっと!』とか『オイッ!』とか騒ぎ続けるから、そろそろうるさいなってくらいのタイミングでオレのことをミュートにして。ミュートになってもしばらくは、一人でしゃべり続けるから。そうやって盛り上げてからアピールをしよう。」
その日のサツキの部屋は打ち合わせ通りにいった。なんとか盛り上げることができたようだ。
しかし、まだ問題が残っている。当日もおしりクリエイターは出られないだろう……。
延期しようか……。いや、でもこのイベントは盛り上がってる今の温度感のままいった方がいい。
だとすると代わりの企画を用意しなければ……。何がいいんだろう……。
オレはアイスコーヒーをストローで吸い上げる。スマホを開く。すると、ある投稿に目が止まった。
【ボディペイントしてみた】
投稿とともに、自分の脚をカラフルにペイントしている写真が上がっている。
…ボディペイント……?
それだ!!オレのおしりにペイントしてもらおう!!
オレはすぐにダイレクトメッセージを送った。返事はすぐに来て、やってくれるとのことだった。
ペイントをしてくれるのはヤヨイという女性だった。アイコンは本人だと思うが、赤髪でオレンジに紫のドットの入ったワンピースという、アーティストでなければ近寄り難い外見をしている。
そうと決まれば、次は第二回のマッサージだ。
また、オレのおしりを何人もの人が見ている。
二回目になると、良いのか悪いのかおしりを見せることに慣れてきた。
オレがマッサージを受けながら話す。
「当日って、おしりクリエイターが来れなくなったの?」
あらかじめしていた打ち合わせ通りにイッセーが応える。
「そう。当日来れなくなったから、代わりにヤヨイさんって方にボディペイントをしてもらおうってことになって…」
「オレ、了承してないんだけど!」
「で、それだけじゃなくて、みんなでおしりを描く、おしり描きにしようと思ってて…」
「だから、聞いてないんだよ!!」
「あなたのおしりはみんなのものだから多分大丈夫だろうと思って…」
「なんだよ、その理屈!」
オンライン上で笑いが起こる。
「はい、マッサージ終わりました。」
セラピストが言った。
「カメラにおしり見せてください。」
イッセーが言う。オレは抵抗なくカメラにおしりを向ける。
「いいですねー、いいですねー」
「おっさんのおしり見て、『いいですねー』ってなんだよ!」
よし!ウケた!
「で、結局当日はおしり描きになったのね?」
「そうです、そうです。」
「わかったよ」
渋々言う。いや、渋々言ったように見せる。
これで、あとは当日を迎えるだけだな。
ここまで来た。ここまで来てしまった、と言うべきか……。
自分の気持ちをうつしているかのような曇り空が広がっている。
いよいよ、おしり描きの当日がやってきた。いろいろあったが、今日を成功させれば全て良くなる。
現場には、セラピストとヤヨイ、デキスギ、イッセーの四人がやってくる。また、ネット上にはサツキとオジーチャンをはじめとして、他の観客がいる。観客と言えば聞こえはいいが、実際は、休日の昼間におしりを見にくるようなヘンタイである。
「みなさん、お集まりいただきありがとうございます。今日は楽しんでいってください。」
自分で言いながら、奇妙だと思う挨拶をする。
とはいっても、今日の段取りは何も知らない。
すると、イッセーが口を開いた。
「じゃあ、まずこちらで着替えてください。」
そう言って、イッセーとデキスギがフェイスタオルの両端を持って出てきた。広げたフェイスタオルでギリギリ局部を隠して着替えろ、ということらしい。
「マジで!?ここ数年で一番恥ずかしいわ!」
オレはTバック一枚に着替えた。
「じゃあ、ちょっとカメラのセッティングするんでこれ着て待っててください。」
と言われ、バスローブを着て、待機する。
Tバック一枚にバスローブ……。別の撮影がはじまりそうである。
待機時間にオンラインで見ている人たちを見てみると、様々な人たちがいる。酒の肴に見ている人、親子で見ている人もいた。子どもの教育上どうなのだろう……?
「準備できましたー。」
デキスギが呼ぶ。
言われた場所に立つ。
さらに、寄りでおしりを撮られる。
「それじゃあ、今からみんなでおしりを描いていきましょう」
それを合図にみんなが一斉に描きはじめる。
突然、イッセーが口を開いた。
「全然、関係ないんですけど、手を頭の後ろに持っていって、ポーズ取ってください。」
「関係ないなら嫌だよ!」
次はオジーチャンが言う。
「こういう時のために、絵をちゃんと勉強しておけばよかったなって思う。」
「もっと、別のことに使った方がいいよ。」
親子の会話が聞こえてくる。
「この人はね、みんなに描かれるために、おしりを鍛えたんだよ」
二十分程経過した。
「じゃあ、そろそろ、ヤヨイさんに描いてもらいたいと思います。」
そう言われ、ブルーシートがひかれ、その上にうつ伏せになる。
そして、おしりに筆が入れられる、
「そこっ!?」
わけではなかった。最初は腰から描かれた。驚きのあまりマヌケな声が出てしまった。
そのまま勢いよく描き進めていく。
オレはふと疑問に思い、ヤヨイに尋ねる。
「これって落ちるんだよね?」
「たぶん、落ちます。」
「たぶんってなんだよ!」
「一生そのままでもいいんじゃないんですか」
「いいわけあるか!それをタトゥーって言うんだよ!」
オレのことをみんなが笑いながら見ている。
突如、「おぉ〜」という歓声が上がる。
オレにはなんのことかさっぱり分からない。
「はぅっ!!」
股の間、際にまで筆が入り、自分の口からはじめて聞く音が出る。
「そんな広範囲に描かれるの!?」
ふくらはぎに描かれたとき、思わず言った。
それを見ていたサツキが
「こういうお猿さんいますよね。」
という、よく分からないことを言っていた。
今度はイッセーが、使ってない筆を持ってオレの前に立った。
次の瞬間、オレの顔に、ネコのもののような赤いヒゲを描いた。
「何してんの!?」
「やっぱ、イケメンっすね!」
「そう言ったらなんでもいいわけじゃねぇからな!!」
デキスギは、黙々と、記録用カメラでの撮影を続けている。
「できました!」
ヤヨイが言った。拍手が起こる。
そして、台に上り、最後のポーズをとる。
「カッコイイ!!」
「スゴイ!!」
次々と聞こえてくる。
「会ったら印象が違ったので、予定と変えて描きました。」
とヤヨイが話している。
「ケツかっこいいな〜。」
しみじみと言う声も聞こえる。
「こんなフィギュア欲しい。」
「三十分くらいそのままで。」
好き放題言う声も聞こえる。
オレは首を傾け、鏡に映った自分の後ろ姿を見た。
それは、背中から腰、脚にもカラフルに描かれていたが、おしりにだけ何も描かれていなかった。
オレは、自分のおしりがはじめて輝いて見えた。