ストレストイレ
これがこの世界のトイレのマークである。手書き感が温かみを出している。
名称は左から、男子トイレ、女子トイレ、そしてストレストイレである。
ストレストイレとは、ストレスを発散するためのトイレである。これは、不況や度重なる災害、ウイルスの流行などにより生活が変えられてしまい、強いストレスを感じる人が急増したため政府が主導で開発したものだ。政府には他にやるべきことがあるのではないのだろうか?
ストレストイレは個室で区切られ、見た目は和式のトイレと同じものが一つずつあるだけである。使用方法は、その個室に入りストレスを感じていることを言う。その個室は完全防音になっているのでどれだけ大声で叫んでも外には全く聞こえない。すると、便器の中の水にストレスが溶け出し、黒く染まる。言い終えたら、他のトイレと同じようにレバーを押して流す。こうして、ストレスを水に流すのである。
「なんで、人が本を読んでる時に話しかけてくるんだよっっ!!!めちゃめちゃいいとこだったのに、遮りやがってぇっっ!!!しかも、内容が『スイパラ行く?』って行かねぇよ!!!それで断ったら、『ノリ悪い』とか『空気読めよ』とか好き放題言いやがって…。第一、こっちの空気読まないで話しかけてきたのはそっちだろうがぁぁっっ!!!あとは、大塚のやろう、校内にスマホ持ち込み禁止だって言って見つけたら没収するくせに、自分は教員だからって使いやがって……。それに、今時スマホ持ち込み禁止って、時代遅れにも程があるだろっっ!!!」
みなさん、安心してください。これはストレストイレの個室の中の出来事です。
高校二年の石田雄介は、毎日、一日のストレスを学校のストレストイレで吐き出してから帰っている。今日も、思う存分ストレスを吐き出した。雄介は便器の中の環境問題になりそうなほど黒い液体を見つめる。そして、思いっきりレバーを押し下げ、それが轟音とともに流されていくのを最後まで見とどける。ここまでがルーティーンだ。
雄介は足取り軽く学校を後にした。駅に向かうため、この長い長い下り坂を降っていく。
坂を下り切った時、目の前に百メートル程、老若男女問わず並んでいる行列があった。
(なんだ、これ?昨日まではこんな行列なかったはず……)
並んでいる人の話し声が聞こえる。
「トイレまだかよ~!」
「全然、進まねぇ~な~!」
みんな、イライラしている。どうやら、ストレストイレに並んでいるらしい。
ちょうど、駅の方向と同じだったため、列の横を歩いて行った。すると、その列は交差点に面して新しくできたデパートの中から伸びていた。
(デパートから溢れるくらいのストレストイレ渋滞!?一体、なんでこんなことになっているのだろう?)
その答えはすぐに分かった。
そのデパートの外壁に、信号待ちをしている時に見えるように、大きなスクリーンが取りつけられていた。今、そこには夕方のワイドショーが流れている。芸能人の不倫のスキャンダルについて、顔に怒りの表情を貼りつけた人間がコメントをしている。それが終わると、次は、身なりをととのえた女性アナウンサーがロボットのようにニュースを読み上げる。
飲酒運転による交通事故、外国の銃乱射事件、国会議員の公職選挙法違反……。ネガティブなニュースが濁流のように押し寄せてくる。
信号が青に変わると、雄介は数十人とすれ違った。
後ろを振り向くと、その列はさらに伸びていた。