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再掲載:短編小説「魔女かり」



 おばあちゃんは野菜作りが上手で、そして魔女狩りはもっと上手だった。



 おばあちゃんはよく私の寝る前に絵本を読み聞かせてくれた。両親が仕事柄深夜に帰ってくることが多く、おばあちゃんの読み聞かせてくれる絵本は、寝る前にふと湧き上がる(パパとママにもう会えないかもしれない)という、根拠のない不安を忘れさせてくれた。そんな絵本の読み聞かせ中に時々魔女が出てくる。魔女はお姫様にイジワルをする悪い魔法使いの時もあれば、王子様を助ける心優しい魔女の時もあった。しかし、どんな魔女が出てきてもおばあちゃんは決まって、魔女がどれ程悪さをするか話し、どうやったら魔女を狩ることができるか細かく教えてくれた。




 ある夜、魔女の説明を終えたおばあちゃんに、「おばあちゃんは魔女がり大変じゃない?」と聞いた。それはふと湧き上がった疑問だった。絵本を持つおばあちゃんの皺の多い手を見て、そんなことを思ったのは覚えている。「大変だけど、誰かがやらないとね」笑顔で話すおばあちゃんの横顔を見て、私は眠りについた。今思い返すとこの会話がきっかけだったのだろう。 




 私が小学校に入学した年の春先に、「私もおばあちゃんの手伝いをしたい。魔女を一緒にかりたい」と相談した。私の気持ちがうれしかったのだろう。おばあちゃんの顔はほころんだが、すぐに真剣な表情を作り直し、「おばあちゃんと一緒にやるのはとても大変だよ。いつでもやめていいからね」と私の気持がいつでも変わっていいことを伝えてくれた。
「いいの。私も魔女がりをするおばあちゃんみたいになりたい」その日から私はおばあちゃんの弟子になった。




 次の週末から私の魔女がりは始まった。朝早くおばあちゃんの畑について行き、色々なことを教わった。魔女を倒すためには体力が必要で、畑を走り回るように教えられた。時には大きな声を出すこともいいらしく私は山の頂上でもないのに「やっほー」などよく叫んだ。そんな私の姿をみておばあちゃんは「さすが私の孫だ」と褒めて頭を撫でてくれた。




 週末になる度、私は弟子としての修業に真剣に取り組んだ。畑では魔女についての色々なことを教わった。魔女は姿を変えていつも私たちを見ていること、魔女がりの道具の使い方も教わった。おばあちゃんの魔法の力で作ったという強い光を放つお皿、鬼ヶ島から持ち帰ったという鬼の目、子どもの私は触るのも怖いものばかりだった。




 九月の残暑も陰りを見せた頃になると、針で指すとはち切れてしましそうなトマトや、太陽の光をため込んだ人参、魔女が着ているローブの色をしたナスの収穫を終え、私の初めての魔女がりは終わりを迎えた。

 



 「それがこの大学に来た理由?わけわからない。それに結局魔女狩りはしてないじゃない?」椅子に座り、テーブルの上にある学食のパスタをフォークで延々くるくるしながら、友達が私に聞いてきた。また、三限目の授業をさぼる気なのだろう、ゆったりとしたその動きからそんな彼女の気持透けて見える。




 対面する私は落ち着いて、「私はずっと〝魔女かり〟をしていたよ。農家の天敵の魔女、いやおばあちゃんの言葉を借りるなら魔女が化けているカラスをずっと〝カって〟いた」彼女は今まで頭の中に思い描いていた黒い服に、黒い帽子と手には竹ぼうき姿の魔女をカラスに変えて私の話しを反芻したのだろう。なるほどね、と含み笑いながらつぶやいた。




 「おもしろいおばあちゃんだったんだね。でも狩ってはいないんじゃない?狩るって言葉はやっぱり殺すとか駆除ってイメージがあるんだけど?」彼女は昔私も抱いていた同じ疑問を口にした。私はトートバックから筆記用具を取り出し中から付箋とシャーペンを出した。そして付箋に〝り〟と書いて友人に見せた。




 「『駆り』読み方はカリ。走るって意味で使われる漢字だけど、追い払うって意味でも使われるの。それにおばあちゃんは『魔女カリ』ってずっと私に言っていた。普通は濁って『魔女ガリ』って言うのに」





 〝魔女駆り〟の漢字は、おばあちゃんの遺品の日記帳を読んで初めて知った。日記には、魔女駆りの内容と私とやった魔女駆りの感想が丁寧な文章で添えられていた。しかし月日が進むと魔女駆りの言葉はほとんど出ることはなくなっていった。魔女駆りの言葉の代わりに、野菜の育て方や土に混ぜる肥料の割合など、日記というよりは誰かに向けて書いているような細かいメモが目立ってきた。




 「——魔女はおばあちゃんだった。なんでもお見通しの魔女。そして私はそんなおばあちゃんの弟子。だから私はこの大学に来たの。はい、質問の答え終わり、私はもう授業行くね」私は筆記用具に付箋とシャーペンをトートバックに仕舞い、三限目の講義へ行く準備をする。トートバッグの中に今日提出期限である食料生産のレポートも入っていることも確認した。おばあちゃんを超える魔女に私も早くなるため、私は講義室へ向かって駆けていく。



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門掛夕希-Kadokake  Yu ki-
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