作家・佐藤正午が選ぶ 私のおすすめミステリ 第6回
手に汗握る衝撃的な展開やドキドキの伏線回収など、数多くの人気作品が生まれる“ミステリ”ジャンル。そんな作品を生み出している作家の皆さんは、かつてどんな作品に出合い、そしてどのように自身の物語を生み出しているのだろうか?
今回は2024年10月25日に『Y』が文庫化された作家・佐藤正午さんに、おすすめのミステリ作品を伺いました!
現役作家が語るおすすめミステリという、カドブンならではの貴重なインタビューです!
――佐藤さんおすすめのミステリ作品と、それぞれおすすめの理由も教えてください!
1:新車のなかの女【新訳版】セバスチアン・ジャプリゾ:著、平岡敦:訳 (創元推理文庫)
2:シンデレラの罠【新訳版】セバスチアン・ジャプリゾ:著、平岡敦:訳 (創元推理文庫)
セバスチアン・ジャプリゾという作家のミステリ、いまでも読まれているのかそうじゃないのか知りませんが、僕は学生時代に『新車のなかの女』や『シンデレラの罠』など夢中で読みふけった記憶があります。もう五十年も昔ですね。
3:『ウッドストック行最終バス』コリン・デクスター:著、大庭忠男:訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
あと時代は少し下りますがコリン・デクスター、この作家の「モース警部」シリーズは新作が出るたびに読んでいました。確か最初の作品『ウッドストック行最終バス』は作者名とともに、佐藤正午のデビュー作の中に主人公が読む本として登場しているはずです。そのくらいお気に入りの一冊だったんだと思います。
――素敵な海外ミステリ作品をご紹介いただきありがとうございます!
佐藤さんが作家になることを決めたきっかけ、またミステリ作品を書くようになったきっかけはどのようなものだったのでしょうか?
大学を途中でやめて実家へ舞い戻って、たまにバイトするくらいで時間ならたっぷりあるので、一回小説を書いてみようと書き始めたらずるずる長くなって、もう一回頭から推敲していたらもっと長くなって、気づいたら二年経っていて、そのあいだに、毎日ものを書く習慣が身についたように思います。作家への第一歩ですね。そのときの長編がのちのデビュー作で、自分ではミステリを書いたつもりはなかったし、さっき名前をあげた作家や、他のミステリ作家の影響をどこまで受けているのかいないのかは自分ではよくわかりません。
――ミステリ作品を執筆されるうえで、こだわりや意識されている点はございますか。
デビュー作同様、それ以降の小説もミステリ作家をめざして書いてきたつもりはないのですが、比較的ミステリ寄りかな、と自分で思う作品としては『アンダーリポート』があります。これは交換殺人を扱っていて、すでにある「交換殺人もの」の焼き直しにならないよう工夫しました。工夫の一つは、犯罪が露見しないことです。他の有名な交換殺人小説では犯人(たち)は必ず自滅の道をたどります。でも僕の小説ではそうならないよう気をつけてある。交換殺人の成功例が書かれた稀有な小説。その辺がこだわりといえばこだわりですかね。
――交換殺人の成功……! 確かに、交換殺人は「失敗が露見したとき・したあと」に作品の山場が作られることがありますが、成功パターンは少ないですね。こだわりの点について教えていただきありがとうございます!
そして今回文庫化された『Y』について、着想のきっかけと読みどころをお伺いできましたら幸いです。
着想のきっかけは、『Y』の場合は競輪です。いまはそんな無茶はしませんが、結構な金額で勝負して、こてんぱんに負けて、もう起きて働く元気もない、みたいな日々が当時あって、そういうときによく、昨日に戻れたら結果を知っている自分はいくら儲かるかと夢想しました。その夢想から産まれたのが『Y』です。あと読みどころは、自分で言うのも何ですが、過去へ戻る男の物語なのに、当人が主人公ではない書き方がされている点です。時間旅行者の視点ではなく、彼を受け容れる側の視点で物語が進む。よそにはなかなかない小説だと思います。
――『Y』のきっかけに競輪があったとは! 衝撃的なエピソードですね。そこから誕生した、名作恋愛ミステリ、『Y』。ぜひカドブン読者のみなさんも、佐藤さんが描く“時間を超えた世界”を味わってみてくださいね。
『Y』あらすじ
もしもの世界に思いを馳せる名作恋愛ミステリ。
秋間文夫のもとに不審な電話がかかってきた。北川健と名乗るその男は、かつて秋間の親友だったと言うが、秋間には心当たりがなかった。読んでほしいものがあると告げられた秋間は、原稿が記録されたフロッピーディスクと、500万円の現金を渡される。北川が何度も時間を逆戻りしているという不思議な物語を読むうち、秋間は18年前に起きた井の頭線の事故のことを思い出す――。直木賞作家が紡ぐ、時間を超えた傑作ミステリ。