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【大河ドラマを100倍楽しむ 王朝辞典】第十五回 藤原公任(道長の友だち)

川村裕子先生による、大河ドラマを100倍楽しむための関連人物解説!

第十五回 藤原公任ふじわらのきんとう(道長の友だち)

 藤原公任は何でもできる風流貴公子。公任で思い出すのは、「源氏物語千年紀」のエピソードです。敦成あつひら親王の五十日いかの宴会の時に、

「失礼だけど、このあたりに、若紫わかむらさきさんはいらっしゃいますか」
(あなかしこ、このわたりに、わかむらさきやさぶらふ)

紫式部日記むらさきしきぶにっき

 と紫式部に言ったお話は有名。公任の言葉に出てくる「若紫」というのは『源氏物語』の若紫の巻に出てくる紫の上のことを指しています。というわけで、この年の一〇〇八年の十一月一日から千年後の二〇〇八年十一月一日が『源氏物語』の「千年紀」になったのです。
 それはともかく、紫式部は公任の言葉に対して「「ここには、源氏の君に似ていそうな人もお見えにならないのに、紫の上が、まして、いらっしゃるものですか」と思って聞いていました」と書いてあります(『紫式部日記むらさきしきぶにっき』)。
 紫式部の反応は冷ややかですね。でも、まんざらでもなさそうです。そう、当たり前ですが『源氏物語』の作者ということが紫式部のプライドですよね。
 そして、公任の言葉に視線を戻すと、何となく紫式部の自尊心をくすぐっていることがわかります。だからこそ日記に記されたというわけです。
 このような公任の「相手を持ち上げる術」、そう、コミュニケーション能力を忘れてはいけません。それも「さりげなく」という所がポイント。ギンギンにスタンドプレーをするのではなく、何となく自然にまわりが納得するような持ち上げ術です。
 公任はかなり平衡感覚がある人格のようですよ。
 実はこのような公任のコミュニケーション能力が歌の骨格を作っているのでした。たとえば、彼の一番有名な歌を見てみましょうか。

滝の糸は絶えてから久しくなってしまいました。でも、その評判は流れ続けて、まだまだ、ずっと伝わってくるのです。
(滝の糸は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ)

『拾遺和歌集』「雑上」四四九

 この歌は道長たちが嵯峨さが大覚寺だいかくじにたどりついた時に詠まれたもの。大覚寺は嵯峨天皇の御所があった所です。公任たちの時代より一五〇年ぐらい前でしょうか。だから滝はれてました。でも、その評判は流れ続けて今も聞こえてる、という意味なんですね。そう、美しい滝の評判が流れ続けるように嵯峨天皇の評判も流れ続けている、ということです。そして、道長の評判も嵯峨天皇の評判のように流れている、というわけです。
 これは持ち上げ歌。道長は嵯峨天皇の再来のように見えますよね。
 公任はすがすがしい滝の音、流れ続ける滝の音を過去から運んでくれました。まるで滝の雫が道長を祝福しているようです。なお、これは『百人一首』にも入っています(初句は「滝の音は」)。
 この歌、まるで歌そのものが水しぶきに囲まれているようで、美しい音を奏で続けています。持ち上げ歌なんだけど、表面的には風景描写。だから、持ち上げが嫌味に感じないのですね。こういった言葉の平衡感覚はすごい。場と折りに合ってますし、「ヨイショ」もさりげなく入っている。だから「俺ってすごいだろ~」的な歌ではないのですね。
 有名な歌人ですから、公任の歌はたくさんあります。そのなかで、自然なヨイショ歌は、やはり賀の歌になるでしょうか。賀はおめでたい時の歌。次に挙げるのは、藤原詮子ふじわらのせんしの四十賀の歌です。詮子は兼家の娘、道長の姉です。 

あなたの世に、これからいったい何回、こんなうれしい事に会うことでしょう。めでたいことですね。
(君が世に今幾度 いまいくたびかかくしつつうれしき事にあはんとすらん)

『拾遺和歌集』「雑賀」一一七四

 この詮子四十歳の誕生パーティーは道長が主催しました。
 さて、この歌には詞書ことばがきがあります。道長が主催して、上達部かんだちめがお酒を飲みながら歌を詠んだ、とあります。
 上達部かんだちめというのは、簡単にいうと政治をになっていた人たち。そんな人たちがお酒を飲みながら即興で歌を作ったのです。
 そして公任はこのお祝い事がもっとずっと続くと良いな、と詠んだのです。四十の賀だけではなく、ずっとその賀が続くことを祈って詠みました。まさに、その場にふさわしい歌となっていますね。場を読んでタイムリーな歌を詠む。そしてこの後もずーっと続く祝福を歌う。嫌味のない自然な持ち上げ歌となってますよね。
 残念ながら詮子は四十賀の約三ヶ月後に亡くなってしまいました。そう、悲しいことに「これからいったい何回」ということはなかったのです。
 さて、このような公任ですが、いくら平衡感覚が優れていてもやはり人間。がっくりして本音を歌に託す時もあるようです。次は人間らしい公任の姿があらわれている歌のご紹介。

行き来する春なんて知らない。花が咲かない深山に隠れている鶯の声、そんな私の声なんて聞こえるはずはないよ。
(行きかへる春をも知らず花咲かぬみ山隠れの鶯の声)

『拾遺和歌集』「雑春」一〇六五

 どうでしょう。これが公任の歌。ずいぶん今までの歌と違いますね。花が咲かない身で山に隠れている鶯。だから、外に向かって、鳴きたくないのです。何だか、公任はがっくりしているようですよ。
 それもそのはず、この歌の詠まれた時はわかっていて、一〇〇五年(寛弘かんこう二年)の四月一日なんですが、実は、前年の九月ごろ、公任は、後輩の藤原斉信ふじわらのなりのぶに官位を抜かされたのですね。
 だから、へこんでいるのでした。
 この歌は、道長から「はやくでてこい」という歌をもらった、その返歌なんです。すねてる歌。でも、ここには平衡感覚抜群の公任からは落ちこぼれている本音が歌われていますね。
 そうです。優等生的な歌ばかりでない所も公任の魅力。ところで、さきほどちらっとお話した公任を慰めた道長の歌も『拾遺和歌集』に載ってるんですよ。
 道長の歌もステキなので、よろしかったら『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 拾遺和歌集』(角川ソフィア文庫)をお読み下さいね。

プロフィール

川村裕子(かわむら・ゆうこ)
1956年東京都生まれ。新潟産業大学名誉教授。活水女子大学、新潟産業大学、武蔵野大学を経て現職。立教大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程後期課程修了。博士(文学)。著書に『装いの王朝文化』(角川選書)、『平安女子の楽しい!生活』『平安男子の元気な!生活』(ともに岩波ジュニア新書)、編著書に『ビギナーズ・クラシックス日本の古典 更級日記』(角川ソフィア文庫)など多数。

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