【インタビュー】『幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする』柞刈湯葉インタビュー【お化け友の会通信 from 怪と幽】
数々のSF作品を生み出してきた柞刈湯葉が新たに挑んだテーマは、非科学的な“幽霊”。霊との対話を生業とする霊媒師と、幽霊を一切信じない理系男子。真逆ともいえる2人の視点を通して死者への想いや霊の存在を描いた、まったく新しい幽霊小説を完成させた。
※「ダ・ヴィンチ」2024年8月号の「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載
取材・文:倉田モトキ
写真:首藤幹夫
『幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする』柞刈湯葉インタビュー
執筆の動機は、不可解なことを安易に
幽霊と決めてしまう世間への違和感
SF作家の柞刈湯葉が幽霊を題材にした小説に挑む――。
Web マガジン「yom yom」での連載スタートと同時に、このニュースは多くの読書好きの心をときめかせた。しかし、一冊にまとめた今、本人は「これを幽霊モノにカテゴライズしていいものかどうか……」と苦笑いを見せる。柞刈さんが今作に着手しようと思った動機。それは本書の〈あとがき〉にあるエピソードに集約されている。
「数年前に小説家仲間と恐怖体験を語り合った時、大学時代に見た女性の話をしたんです。夜の峠を自転車で登っていたら、白いワンピース姿でフラフラと歩く裸足の女性がいて。僕としては、そういう奇妙な女性がいたという事実を話したにすぎないのに、なぜか周囲からは『幽霊を見た』と結論づけられてしまった。そこにすごく違和感を覚えたんです。不思議な体験を簡単に幽霊だと決めつけてしまうのは、あまりに雑すぎやしないかと。でも、これは一般的な感覚なのかもしれないなと思い直して。それならば、世間にはびこる決めつけを解くためにも、幽霊という概念に正面から向き合い、その上でいろんな分析をしていく主人公の物語を書いてみようと思ったんです」
理工学部の大学生・谷原豊はある日、百歳で他界した曾祖母の家で霊媒師を名乗る鵜沼ハルと出会う。見た目は40歳前後ながら、生まれは大正時代で曾祖母とは女学校で同期だったという。豊は彼女の言動に怪しさを感じるも、後日、偶然再会したのを機に、ハルが行う慰霊を手伝うという、思わぬ展開に巻き込まれてしまうことに。興味深いのは、小説のタイトルにもあるように、豊が幽霊の存在を一切信じていないという点だ。
「そもそも僕が幽霊を信じていないんですよ。ですから、幽霊を否定する立場の人間を主人公にするしかなかった。幽霊の存在やハルの行動を冷静に分析していく豊のスタンスは、若い頃の自分が多く反映されています。今はもう少し社会の矛盾に対して妥協して考えていく柔軟さが身につきましたが(笑)、彼ぐらいの年齢の頃は、自分の規律に従ってすべての物事を解釈していましたから」
ハルの不思議な行動を、現実的な視点で自分の中に落とし込んでいく豊。その理に適った分析はどれも説得力があり、痛快だ。同時に、幽霊を信じる人たちを決して否定しない姿にも好感が持てる。
「自分は信じないけれど、相手の考えもしっかり尊重する。そこは徹底したところです。また、幽霊を信じないまでも、仮に本当にいたとしたら、何をすればその幽霊のためになるのかと、豊は常に相手の立場に立って行動している。言葉にドライさがあるがゆえに、周囲からは“他人の心がわからない人”として見られがちですが、実は人間味溢れた人物であるということも意識しました」
一方のハルは、わかりやすい性格の豊とは対照的に、多くの謎に包まれている。一般的にイメージされる霊媒師の行動とも異なり、しばらくはそのことが豊に混乱をもたらしていく。
「霊媒師と聞いて想像するのは、恐山のイタコのように、自分の体を媒体にして霊を降ろしてくるやり方ですよね。でもそれって、霊の気持ちは蔑ろで、生きている人に彼らの言葉を伝えることが目的になっている。その構造にずっと疑問を感じていたんです。もし本当に霊が見えるのなら、霊と霊媒師が会話をし、彼らが望むことをしてあげるほうが絶対にいいんじゃないかって。そのほうが、霊が実在するリアリティが増しますし」
その結果生まれたのが、今作におけるハルの慰霊の儀式だ。たとえば病気で亡くなった霊には薬を用意し、死因を解消することでまずは心を開かせ、対話をしていく。
「霊がいる場所に自分のほうから赴き、生前やり残したことなどを訊いて、できるだけ叶えてあげる。それだけなんですよね。そこには成仏させたいといった意図や目的はない。つまり、ハルがしているのはお墓参りの延長線上のようなものなんです。というのも、霊の存在って、いうなれば生きている人の記憶にある思い出や残像のようなものなのではないかと僕は思っていて。また、そうした記憶は『場所』と結びついていることが多い気がしたんです。“ここに来ると、あの人を思い出す”といったことこそが、多くの人が幽霊の存在を感じることにも繋がっているのではないかと。それを思うと、現実世界でも、故人を思い出すために存在する施設って結構あるんです。お墓や記念碑などがそうですよね」
いちばん描きたかったのは
物事を柔軟に見る視点
霊と日常的に会話をするハルと、ハルを信じながらも変わらず霊の存在は否定し続ける豊。
決して交わることはないものの、2人の間には、次第に不思議な信頼関係が生まれていく。さらには《ハルは一体何者なのか?》《彼女が慰霊を続ける理由とは?》といったミステリーの要素も加わり、物語は怒涛の伏線回収とともに、思いもよらない展開に……。その爽快さはぜひとも実際に本を手にして楽しんでいただくとして、小説を書き終えた今、柞刈さんの中で幽霊に対する意識に変化は生まれたのかをうかがってみた。
「いえ、相変わらずです(笑)。でも、多くの人が“幽霊っぽい”ものを信じているという現実を受け入れたほうがいいなと思うようになりました。《幽霊がいる・いない》という次元の話ではなく、死者の霊のようなものを意識している人は、僕が想像する以上に多いんだなって。というのも、以前、高齢者施設で暮らす人から『もう実家に帰りたいとは思わない』『次にどこかに行くならお墓がいい』という発言を聞いた時に、僕はてっきり、死を受け入れているのだと思っていたのですが、よく聞くと、その人の夫が眠るお墓参りに行きたいという意味だったんですね。家に帰ることよりも、お墓参りのほうが優先度が高い。死者への想いをそこまで重要視する人が世の中にいることに、ある種のカルチャーショックを受けたんです。僕は幸いにというべきか、物心ついてから身内や知人を亡くした経験がありません。ですから、もしその時がきたら、死者に対し、今までとは違う解釈を持つかもしれない。そんなことも、ふと考えるようになりましたね」
「やっぱり人間って、頑なに否定し続けることってできませんから」と柞刈さんは笑いながら付け加える。その言葉通り、豊もハルの仕事を手伝う中で、少しずつ考え方が変化し始める。
「物事をどんどんと幽霊の視点で考えるようになっていくんです。幽霊の存在は信じないけど、ハルの言動は受け入れて、2つの考え方を自分の中で共存させようとする。実はそうした、彼の柔軟さや中立的な思考こそが、僕がこの小説でいちばん書きたかったことでした。僕が小説を書く時のスタンスとして、2つの異なる思想が物語の中にあるとしたら、片方がもう一方を説得したり、ねじ伏せたりする話は作りたくない。白黒つけるのは、考えを押しつけているようで嫌なんですね。だから豊のように自分の立場を確立しつつ、相手のことも認める人物を書こうという思いは、執筆の初期段階から決めていました」
さて、気になるのは、今後も幽霊を扱った物語を書き続けるのか否かだ。これについては、「今作でかなり満足したところがありますね」と笑う。
「ただ、今回の《幽霊を信じるか、信じないか》といったテーマのように、世間で2極化されているものを題材にした物語は書いていきたいなと思っています。世の中には、どうしても白か黒かだけで物事を判断したり、決めつけてしまう人が多い気がして。そうじゃなく、もっと分析すれば違った見え方ができるはずで。その分析こそが、僕が小説を書くモチベーションの一つになっているんですよね」
作品紹介
『幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする』
柞刈湯葉
新潮文庫nex
幽霊の存在を信じず、不可解な現象も冷静に分析していく大学生の豊。彼のもとに、亡き曾祖母の同級生だったという霊媒師・ハルが現れる。やがてハルの慰霊を手伝うようになった豊は、彼女の本当の目的を探り始めるのだが……。SF作家・柞刈湯葉の初の幽霊小説。
プロフィール
柞刈湯葉(いすかり・ゆば)
小説家・漫画原作者。大学の研究職を経て、2016年『横浜駅SF』でデビュー。著書に、長編小説『未来職安』、短編小説集『人間たちの話』『まず牛を球とします。』、エッセイ『SF作家の地球旅行記』などがある。
怪と幽紹介
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