【書評】「いきなり足を摑んで引きずり込まれるような恐怖」――八方鈴斗『Re:Re:Re:Re:ホラー小説のプロット案』レビュー【評者:杉江松恋】
2024年5月に第9回カクヨムWeb小説コンテストの結果が発表されました。
その中の〈ホラー部門〉で大賞を受賞された『Re:Re:Re:Re:ホラー小説のプロット案』が12月25日に発売しました。
新たに誕生した大注目のホラー作品を、書評とともにご紹介します。
いま、カクヨム発のホラーが熱い!
八方鈴斗『Re:Re:Re:Re:ホラー小説のプロット案』書評
「いきなり足を摑んで引きずり込まれるような恐怖」
評者:杉江松恋(書評家)
何それこわい、という感情と、なるほどそうくるか、という論理と。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト・ホラー部門の大賞受賞作となった八方鈴斗『Re:Re:Re:Re:ホラー小説のプロット案』を読んで、その二つの要素を巧みに調合する手つきに感心させられた。
題名が示すように本作では、作者である八方が担当編集者と執筆予定作品の構想について話し合ったメールのやり取りが軸になって話が進んでいく。視点は八方の一人称〈私〉に固定されており、彼がWebから収集した記事が引用の形でふんだんに盛り込まれるため、現実と作品世界の距離はかなり近い。いわゆるモキュメンタリー形式の小説なのである。
だがそれは語りの技法に過ぎない。中心にあるのはどのように話を組み立てていけば小説の結末で読者に恐怖を味わわせられるか、という理詰めのプロットだ。作者はモキュメンタリー手法を使うことによって、そうした計算の痕跡を隠蔽している。
〈私〉は、担当編集者に対して起承転結の四部から成る簡易版のプロットを何度か提出する。だいたい600字くらいか。これが繰り返されるから『Re:Re:Re:Re:』なのである。意図的にやっているのだろうが、最初に提出するプロットは凡庸だ。起承転結で言えば結部の種明かしがすべての一発ネタで、承・転部は空っぽで活用できていない。この未熟なプロットをどう改善していくか、〈私〉が思い悩むのが話の推進力になるという「小説の小説」である。
作中人物〈私〉が悪戦苦闘する承・転部を、作者・八方は複数の要素を併行させることで乗り切った。ネットに転がっていた記事を安易に実行したことから〈私〉がのっぴきならない事態に陥るという巻き込まれ型の展開中に、自分よりはるかに才能のある書き手への畏怖と嫉妬が相半ばする内面告白が混ぜ合わされる。さらに読者が共感を寄せやすい形として、モキュメンタリーの語りが用いられるのである。ほんと、よく考えられている。
作中で進行する事態とは「顔」にまつわる怪異である。冒頭で、絹澤匠という二十歳の青年が両親を殺害した容疑で逮捕されたという記事が紹介される。被害者の顔面を切り取って持ち去るという猟奇殺人である。この事件が呼び水となり「顔」に関する怪異譚が次々と〈私〉の手元に集まってくる。
それを小説化しようとしてプロットを送るも編集者は、それは「禁忌題目」だから、と不採用を通告してくるのだ。書くことも禁じられる禁忌がこの世にあるのか、と〈私〉は逆にこの題材に執着するようになる。この執着が悲劇を呼ぶのだ。
読者が〈私〉と恐怖を共有することが前提の作品だから、あとは実際目を通して、「顔」の怪異に浸っていただきたい。序盤は誰でも中に入れる安心設計だが、中盤以降で、いきなり足を摑んで引きずり込まれるような恐怖が待ち受けている。くれぐれもご用心を。八方鈴斗、恐怖を物語として提供することの意味を熟知した、良い書き手である。
書誌情報
あらすじ
次回作を出せずに苦戦している小説家の〈私〉は、ネタ探しのためにSNSや過去のニュース記事を探るうちに、ある奇妙な共通点に気づく。苦労の末、〈私〉がたどり着いたのは、出版社に伝わる「禁忌題目」というタブーだった。どうしても書くことを諦めきれない〈私〉だったが、やがてこれが大きな恐怖を巻き起こすことに……。