『感傷ファンタスマゴリィ』空木春宵インタビュー【お化け友の会通信 from 怪と幽】
第一作品集『感応グラン=ギニョル』が大きく話題を呼び、SF読者のみならず怪奇幻想文学愛読者からも大きな支持を得ている空木春宵さん。
前作と対になるような『感傷ファンタスマゴリィ』がこのたび上梓された。
今回は雑誌『幻想文学』『幽』の編集長を歴任した東雅夫さんを聞き手に迎え、作家と創作の秘密をうかがった。
※「ダ・ヴィンチ」2024年7月号の「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載
聞き手:東 雅夫 構成・文:立花もも 写真:冨永智子
『感傷ファンタスマゴリィ』空木春宵インタビュー
●―― 初の作品集でした『感応グラン゠ギニョル』に収録されている「Rampo Sicks」はタイトルからして江戸川乱歩オマージュの作品ですが、同作に限らず空木さんの作品を読んでいると、乱歩の気配を強く感じます。
空木:もともと母が乱歩好きで、物心ついたときには作品がそばにありました。「押絵と旅する男」や「孤島の鬼」など好きな作品をあげればキリがなく、作品をひたすら写経のように書き写していた時期もあります。そのときに染み付いた乱歩の文体を「Rampo Sicks」では存分に踏襲しようと思ったのですが、初稿の段階で編集者からNGを出されました。あまりに乱歩そのものだから、もう少し自分の文体を出してほしい、と。
●―― それはなかなか難しい要求ですね(笑)。
空木:なんとか書き直しましたが、実を言うと今に至っても、私は自分の文体が果たして明確にあるのか摑みかねているんです。テーマやモチーフにあわせて、文体は変えるようにしています。というのも、東先生の編まれた『日本怪奇小説傑作集』で初めて久生十蘭に触れ、衝撃を受けたんです。2巻に収録されている「妖翳記」は、彼のほかの作品と比べても明らかに文体が違います。それでいてどの作品もおもしろくカッコよかった。あの領域にたどりつくことを目指していきたいな、と。
●―― 「妖翳記」とは、お目が高い! 新刊『感傷ファンタスマゴリィ』で当方がもっとも感銘を受けたのは「終景 累ヶ辻」ですが、これには、古典文学の読み味もあり、歌舞伎を鑑賞するのに近い印象も受けました。
空木:この作品は、ボルヘスの影響も受けています。『伝奇集』の一篇に、現実が重層的に増殖していくさまを描いた作品がありますが、その逆の、過去が増殖する物語を描きたいと思ったんです。毎年、谷中にある全生庵というお寺で公開される幽霊画を観に行くたび、おそろしさ以上に寂しさや悲哀を感じていた、というのも大きいです。幽霊のなかにも、必ずしも人に害をなそうとするわけではない、恨まない存在というのもいるんじゃないか、と。
●―― 古典文学に対する空木さんの偏愛性も感じ、非常に好ましく読ませていただきました。
空木:ありがとうございます。大学で『源氏物語』を専攻していたため、昔の文学に対する憧れも強いんです。母が劇団に所属していて、その関連で幼いころから岡本綺堂や泉鏡花にも自然と触れていましたし、楽屋に連れていかれたり、メイクをしてステージに立たされたりしていた経験も、執筆に影響している気がします。出身地の静岡は行政が演劇に力を入れていて、演者であり裏方でもある人たちの姿を間近で見る機会も沢山ありました。そのなかで、障害のある方とチャリティ劇団でご一緒することも多かったです。
●―― 「感応グラン゠ギニョル」はまさに劇団の舞台裏を描いた話でしたね。身体の損壊について描かれることが多いのも、そういった経験が影響しているのでしょうか。
空木:それはあまり関係がなくて、私自身が痛みを嫌悪しているせいだと思います。体を傷つけられることへの恐怖が、並外れて強いんですよね。朝起きたら腰が痛いという、ただそれだけのことすら、おそろしい。たとえば『感応グラン゠ギニョル』にある「メタモルフォシスの龍」という短編は、激しい歯痛に襲われたときに、これはなんだ、自分の体はどうなってしまうのだ、と考え続けた経験がもとになっています。
痛みへのおそれと乱歩への憧憬が
溶け合い生まれる幻想怪奇SF
●―― 谷崎潤一郎の「病蓐の幻想」を髣髴とさせる短編ですよね。
空木:意識は、していたと思います。基本的に私は、日常生活で「なんかいやだな」と感じた経験を起点に小説を書くことが多くて。この痛みはいったい誰のせいなのか、と考えてしまう癖があるんです。もちろん歯痛をはじめ、たいてい誰のせいでもないのですが、もし本当に誰かのせいだったらそれはどういう社会なのだろう、と考えてしまう。新刊でも「4W/Working With Wounded Women」は傷や痛みを他人に移す、転瑕という設定が描かれますが、体の傷に限らず、この社会は誰かに何かを押しつけることで回っているのではないか、と感じたところから始まっています。たとえば安い賃金で外国人労働者を働かせるなど、直接触れ合わない相手に無自覚に痛みを押しつけて利を得ている、という状況は多々ありますよね。「さよならも言えない」は、流行している骨格やパーソナルカラーの診断に対する違和というか、ファッションをより楽しむためだったはずのものが、誰かのセンスを貶めるための道具に使われていることに、やっぱり「いやだなあ」と思ったことから始まっています。
●―― その起点で、土蜘蛛や台湾の妖怪の名称が登場するSFに仕立て上げていくのが、空木さんのおもしろさですね。
空木:それは、やはり乱歩の影響だと思います。彼の作品でいちばん好きなのは、あらゆるモチーフを躊躇なくとりいれることで生まれる外連味なんですよ。自分の好きなモチーフをごった煮にすることで、けばけばしく嘘くさい物語のおもしろさが生まれる。それが、自分で書いていても楽しいんです。
●―― 「ウィッチクラフト≠マレフィキウム」で登場するのは、魔女。古今東西のあらゆるモチーフを駆使する空木さんの背景には、膨大な読書量に基づく知見がおありなのだろうと感じます。
空木:恐縮です。「ウィッチクラフト〜」はわりとストレートに書いた物語で、昨今のSNSでの行き過ぎた中傷を見ていると、主義主張によるものというよりは攻撃することそのものを楽しんでいるように感じられて。代表されるのがミソジニーをこじらせたインセルですが、そのカウンターとなる物語を書こうとすると、フェミニズムの歴史を追うことになる。そうするとやはり、魔女にいきつくんですよね。伝承や神話に登場する魔女は、男性社会に仇なす邪悪な存在として描かれることも多いですし。
●―― 空木さんの物語はどれも、それこそ主義主張の強い印象は受けませんが、読み込むと現代社会に接続した提起が描かれている。幻想文学でありながら、本質的な骨っぽさがありますね。
空木:むしろ現実的な体感を基盤にしないと、血の通ったものが書けないところがあります。表題作「感傷ファンタスマゴリィ」に関しては、「感応グラン゠ギニョル」の対になる作品として珍しくモチーフ優先でしたが……。一応SFレーベルなのだから、量子論や並行世界などをとりいれてみようと思ったのですが、なかなかうまくいかなくて。一年前に父が他界したことで生まれた「死者を想うとはどういうことなのか」というテーマと、好きなモチーフが繋がり、鏡だらけの屋敷で特別な幻燈機を使って死者の魂を映し出す、という物語になりました。
●―― かつて『幻想文学』でファンタスマゴリ=幽霊特集を組んだ身としては、大変興味深く読ませていただきました。次の作品集も、呼応したタイトルをおつけになるご予定ですか。
空木:変な縛りができかけて困っているところです(笑)。ただ、いずれ長編も書きたいですし、あまりこうあるべきだという形を決めず、身体感覚とモチーフを組み合わせた作品を書いていけたらと思っています。
書誌情報
『感傷ファンタスマゴリィ』
空木春宵 東京創元社
舞台は19世紀末のパリ。死者の姿を映す幻燈機を製作する職人ノアは、鏡だらけの奇妙な屋敷に招かれる。5年前に亡くなった依頼人の妹の過去を覗き見るうち、ノアの心も飲み込まれ―。書き下ろしの表題作ほか、怪奇と幻想に満ちた4編を収録した短編集。
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『感応グラン゠ギニョル』
空木春宵 東京創元社
昭和初期、浅草の片隅に〈欠けたる少女〉だけを集める芝居小屋があった。そこへ新しくやってきたのは、欠損のない美しい少女。だが彼女には秘密があって―。表題作ほか、4 編を収録。
『夜の夢こそまこと 人間椅子小説集』
和嶋慎治、伊東 潤、空木春宵、大槻ケンヂ、長嶋 有
KADOKAWA
江戸川乱歩に影響を受けたロックバンド「人間椅子」。その楽曲から、空木さんは「超自然現象」を題材に選び、関東大震災後の東京を舞台にエセ宗教団体を旗揚げする少年少女たちを描き出す。
プロフィール
空木春宵(うつぎ・しゅんしょう)
1984年、静岡県生まれ。2011年、「繭の見る夢」で創元SF短編賞佳作を受賞。「怪奇幻想にも近い作品を書いていたので、受け皿が広そうな同賞を選んだ」とのこと。『感応グラン=ギニョル』は『SFが読みたい!2022年版』の「ベストSF2021国内篇」第3位に。