遣唐使・井真成に降りかかる数々の試練。旅に出た真成一行の行く手にあるものは? 夢枕 獏「蠱毒の城――⽉の船――」# 111〈前編〉
夢枕 獏「蠱毒の城――⽉の船――」は「カドブン」(https://kadobun.jp/)で配信中の連載小説です。
6/8未明から発生している大規模システム障害により、「カドブン」をご覧いただけない状況が続いているため、「# 109〈後編〉」以降を「カドブン」note出張所にて特別公開することとなりました。
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「蠱毒の城――⽉の船――」# 110〈後編〉
夢枕 獏「蠱毒の城――⽉の船――」
これまでのあらすじ
二十五章 神の屍
和琅邪王依古 王僧達
少年好馳俠
旅宦遊關源
旣踐終󠄁古跡
聊訊興亡言
隆周爲藪澤
皇漢成山樊
久沒離宮地
安識壽陵園
仲秋邊風起
孤蓬卷霜根
白日無精景
黄沙千里昏
顯軌莫殊轍
幽塗豈異魂
聖賢良已矣
抱命復何怨
琅邪王の古に依るに和す 王僧達
少年より馳俠を好み
旅宦して関源に遊ぶ
既に終古の跡を践み
聊か興亡の言を訊く
隆周は藪沢と為り
皇漢は山樊と成る
久しく没す離宮の地
安くんぞ識らん寿陵園
仲秋 辺風起こり
孤蓬 霜根を巻く
白日 精景無く
黄沙 千里昏し
顕軌 轍を殊にする莫し
幽塗 豈に魂を異にせんや
聖賢 良に已んぬるかな
命を抱きて復た何かを怨みん
(一)
椿麗は、叫び声で眼を覚ました。
悲鳴に近い声だった。
外から聞こえてきたものだ。
人があげたものとはわかったが、それは、撲殺される時の獣のような声だった。
黄雲雕、毛天籟、夢蘭──同室の三人も、ほぼ同時に目を覚ましたのがわかる。
「なんだ⁉」
黄雲雕が、闇の中で、もう身を起こしているのが、気配でわかった。
「何があった?」
毛天籟の、静かにつぶやく声も聞こえてきた。
夢蘭が、
「椿麗さん──」
椿麗の方へ視線を向けているのがわかった。
夢蘭が眠っている寝台のあたりに、濡れたように光っているふたつの眼が、闇の中に見えていたからだ。
毛天籟は、起きあがって、弓を手に取った。
黄雲雕は、剣を左手に握って立った。
天籟は窓際に立って、外に視線を向けた。
その時には、椿麗もまた、立ちあがって同じ窓から庭に視線を放っている。
その叫び声が、庭から聞こえてきたからだ。
雲雕は、剣を抜いて、出入口である扉の横に立って、いつ、誰が侵入してきても対応できるように構えている。
夢蘭は夢蘭で、剣を抜いて雲雕の背後に立っていた。
申し合わせたわけではないのだが、自然にそういう動きができるようになっていた。
人が、庭に集まりはじめていた。
杜子春の兵士たちや、向こうの、王菲たちのいる小屋から出てきた者たちだ。
武器を手にしている者も、いない者もいる。
外が、ざわめいている。
人が集まるにつれて、そのざわめきが大きくなってゆく。
「どうなっている?」
外を見ることのできない雲雕が問うた。
「だんだん、人が集まっている。誰か、倒れているようだ」
天籟が言う。
「誰だ?」
「わからん。しかし、誰かが争っているわけではないらしい……」
「出よう」
雲雕が言った時──
「待って」
椿麗が声をかけた。
「どうした?」
「真成が、出かける前、言っていたことがあったでしょう?」
「ああ」
「今が、そのいい機会かもしれないわ」
間は、わずかだった。
「そうだな……」
ぼそりと天籟がうなずく。
「誰が行く?」
「わたしが行くわ」
椿麗が、間を置かずに言った。
(後編につづく)