【寄稿】怪を談ずれば怪来る 百物語怪談会抄 川奈まり子【お化け友の会通信 from 怪と幽】
発売中の『怪と幽』vol.017の第一特集は「怪を語る」。いま、イベントや配信などで語られる怪談を楽しむ流れが大きな盛り上がりを見せている。
特集では、現在活躍中の語り手7人を集め、夜を徹しての「百物語怪談会」を開催した。『怪と幽』本誌では、同席したライターによるルポ記事と、語られた九十九話の怪談からいくつか書き起こしを掲載しているが、ここでは、参加者の一人の川奈まり子さんに、当日を振り返って寄稿いただいた。
※「ダ・ヴィンチ」2024年10月号の「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載
文:川奈まり子
写真:首藤幹夫
【寄稿】怪を談ずれば怪来る
――昏夜に鬼を談ずる事なかれ。鬼を談ずれば、怪いたるといへり。
これは絵師・鳥山石燕の言葉だ。『今昔百鬼拾遺』に百物語の最後に現れる青行灯という化け物の姿を描き表し、それを紹介するにあたって記したという。
百物語をすることになった。
はたして本当に出るのか出ないのか。
べつに青行灯でなくとも構わない。石燕は、白い着物を着て角を生やし、お歯黒をつけた女を描いているが、違う化け物でもいい。
姿が見えたら最高だが、とにかく何か不可思議な現象を起こしてくれさえすれば、私は満足だ。
去年、大学生たちの百物語に参加したときには、あたかも修学旅行の夜のようで楽しかったものの、妖しいことは一つも起きなかった。
しかし今回は、あるいは何か怪異が到来するかもしれない。
それというのも、今回KADOKAWA『怪と幽』編集部が集めたのは、全員プロの怪談屋なのだ。
怪談師、怪談作家、オカルト研究家……肩書きはさまざまだが、とにかく怪談を飯のタネにしている者を、私は雑に怪談屋と呼んでいる。
怪談屋はおしなべて怪談語りが巧い。
鬼を談ずれば怪いたると言っても、語りっぷりによるのではないか?
いや、学生のカジュアルトークも悪くないのだ。でも、昨今は怪談イベントや怪談配信番組が盛んで、本分は作家や研究家でも怪談関係者として人気があれば怪談語りの場数を踏まされ、お代を頂戴して話しながら語り手として磨かれている次第。
さらに、怪談屋には怪異に遭いやすい人間が少なくないと思われる点も期待を高めてくれるではないか……。
霊媒師や霊能力者とは違うが、生まれつきうっすらとした霊感がある者も私の知る限りでは珍しくないし、心霊スポットや怪異の体験者を取材するうちにミイラ取りがミイラになって自身も奇怪な経験を重ねている怪談屋はさらに多い。
私などはまさに後者で、次第に不可思議な目に遭いやすくなった。
私以外の怪談屋も似たりよったりだろうと思うと、もはや何も起きない方がおかしいと言えやしまいか?
と、このように待ち望むうちに当夜を迎えた。
頃は六月下旬。時刻は夜七時過ぎ。会場はKADOKAWA本社ビルの二階の一室。
部屋の真ん中に椅子が車座に並べられて、私たちを待っていた。
怪談の語り手は『怪と幽』編集部によって選ばれた、以下の七名。
明晰な頭脳から繰り出す簡潔かつ奇妙な話の巧手である若手怪談師、チビル松村。
都市伝説蒐集家で、呪物コレクターとしても知られる都市ボーイズの、はやせやすひろ。
書いてよし語ってよし、六代目怪談最恐位の怪談クイーン、深津さくら。
看護師でありつつ文化人類学の研究者として海外経験も豊富な異色の怪談師、松永瑞香。
俳優でもあり、七人中で芸歴最長にして当世一の人気プロ怪談師、村上ロック。
怪談作家としても怪談師としても現在最も乗りに乗っている、“厭怪”の名手、夜馬裕。
そして私、川奈まり子。怪談作家デビュー十周年を迎えて、最近また新刊を出したから呼んでいただけたのだと思う。
怪談語りに関してはこの中ではいちばん下手だと自覚しており、なるべく目立ちたくなかったのだが、運が悪いことに初めに語るはめになってしまった。
以前お年寄りから傾聴した戦時中の実話を話した。いわゆる虫の知らせ系の怪談だ。
語り終えると、七人が輪になった中央に鎮座する電気行灯「幽蛾灯」の青い明かりを一つ消しにいった。
筒形の本体に九十九個の穴が開いており、中に青いLEDの明かりが点っている。
穴に幽蛾灯の名の由来でもある蛾を模した鋲を挿すと、一本挿すごとに一つ明かりが減じる仕組みだ。
あらかじめ部屋の照明は絞られていた。九十九話目を話し終えた後には幽蛾灯の明かりが滅して、それなりに暗闇に近づくはずだ。
時計回りに語っていこうということになり、私の左隣に座っていた夜馬裕さんが独特の名調子で飄々と話しはじめた。ある施設の四階の人が「三階に幽霊が出ますよ」と話していたが、そもそもそのビルには……という、奇妙な心霊譚だった。
次は松永瑞香さん、次いでチビル松村さん、はやせやすひろさん、深津さくらさん、村上ロックさん、と、順調に時計回りに一巡した。
私も語り手として呼ばれている以上、感心している場合ではないのだが、どの話も面白い。
ことに村上ロックさんの話芸と怪談の完成度、チビル松村さんのスピード感と落とし方の巧さには舌を巻いた。
――家鳴りが気になりはじめたのは、たしか三巡目の途中からだ。
ビシッ。ミシッ。ギシギシッ。
部屋の四隅や天井の方から乾いた軋み音もしくは破裂音がするのだが、ここは鉄筋コンクリート造りのビルの一室。
木造の古民家じゃあるまいし、こんなにミシミシいう由がない。
右隣の村上ロックさんに「家鳴りがしますね」と話しかけると、彼は「ええ」と応えて天井に視線を泳がせた。
この家鳴り、私ひとりの気のせいではないのだ。いよいよオバケの到来か。
それからも粛々と怪談を語っていった。
松永瑞香さんがタンザニア版のヤマタノオロチやケルベロスの如き八頭犬の伝説を紹介したかと思えば、深津さくらさんが覚えのない傷跡が体に現れた女性の個人的な体験談を話すといった調子で、怪談師ごとに個性が異なり、少しも飽きない。
はやせやすひろさんが北海道の事故物件の話をしたときには非常に驚いた。
マンションの一室に怨霊が祟り、入居した男性が死ぬと言われているというのだが、私が取材して拙著に書いたある怪談との類似点があまりにも多かったのだ。
思わず挙手して話させてもらったところで折よく休憩時間となり、はやせさんと問題のマンションの名前や所在地を照らし合わせたところ、やはり同じ物件の話だとわかって、実話の凄みをあらためて感じた。
ほどなく再開の時刻になり、全員が定位置に戻った。
と、そのとき、開いたドアの向こうに見える真っ暗な廊下の奥からチョロチョロと水音が聞こえてきた。
あちらには洗面所やトイレがある。でも百物語が始まったときから、この階は封鎖されて、人の出入りが禁止されているのだ。誰もいないはずなのに……。
やがて、「お線香の匂いがする」と言い出す者が現れ、みんなで鼻をクンクンさせていたら、今度は高い声で「ヒャアアアアアン」と、どこかで何かが啼いた。
松永さんが「女の声がしませんでした?」と言った。
風に流される蜘く
蛛もの糸のような細い声だった。
折しも丑三刻だ。
青い光に照らされた私たちを濃密な怪が取り囲んでいる。
背後から強い視線を感じ、そっと振り向いたが、私の凡眼には何の姿も映らなかった。
辺りを見回し、ついでにみんなの顔を眺めてみたら、誰しも曖昧な表情を浮かべていた。
怯えてはいないが動揺している。
それでいて、さらなる怪異を切望している。
そんな顔を、私もしていたに相違なかった。
――この百物語の一部始終と、そこで語られた怪談については、ぜひ発売中の『怪と幽』vol.017でお愉しみください。
プロフィール
川奈まり子(かわな・まりこ)
1967年、東京都生まれ。2011年作家デビュー。著書に『迷家奇譚』『東京をんな語り』『八王子怪談』『一〇八怪談 濡女』『家怪』『実話四谷怪談』『実話奇譚 狂骨』『僧の怪談』『怪談屋怪談 怖い話を知り尽くした18人が語る舞台裏と実体験』など多数。