【インタビュー】大人気エッセイ集第2巻『いのちの車窓から 2』星野 源
『いのちの車窓から』は、自分と対話する、という感覚。自分と向き合うとか、自分を描写するとか、自分の心のポートレートを書く、みたいな。僕にとっては、エッセイでしかできないことなんです。
俳優であり音楽家、そして文筆家の顔も持つ星野 源が、最新エッセイ集『いのちの車窓から 2』(KADOKAWA)を刊行した。雑誌『ダ・ヴィンチ』で2017年初頭から2023年春にかけて連載されたエッセイのほか、書き下ろしを含む全27編+あとがきを収録。前著から実に約7年半ぶりとなる続刊に込めた思いを、星野さんに伺った。
取材・文:吉田大助 写真:干川 修
文章を書いていると
不思議とどんどん凪いでいく
──2巻の刊行決定を告知するプレスリリースで、星野さんはこんなコメントを出されています。〈日頃伝えきれない感触が、エッセイでは書けるような気がします。この本には7年間に起きた出来事や出会った人、その時々の自分の心の感触が記録されています〉。「心の感触」という一語がこの本にぴったりだなと感じたのですが、この言葉を選んだ理由とは?
星野:『いのちの車窓から』というエッセイは、例えば僕の最初の本『そして生活はつづく』(2009年)などと比べるとかなり雰囲気が違います。初期は面白いエピソードを書きたいという気持ちがありましたし、文章で笑わせるタイプのエッセイにも憧れがあったので、“面白く書くぞ”という感覚が強くありました。あった出来事をドライブさせる様に書く、自分で自分をビルドしていくような文章だったと思うんです。
『いのちの車窓から』では、連載第1回で「車窓を描く」というコンセプトを立てて、自分の人生の中で見たことや起きたことをなるべくそのまま書くように意識しました。「車窓」の風景を丁寧に描写したり、こういうことがあってこれこれこうなった、というふうに起きたことだけをとにかく書いていく。自分の感情だとか自分はこう思ったということはあまり書かないんだけれども、そこには僕の気持ちの変化やその時々の「心の感触」が、自然と記録されている。それくらいのバランスを目指すことで、読んでいる人が「車窓」の風景や出来事を追体験できるようになったらいいなと思っていたんです。僕と同じ感覚になってくれたら嬉しいな、と。
──連載期間中に、音楽家としては5thアルバム『POP VIRUS』(2018年)をはじめ数々のヒット曲を発表し、俳優としては刑事ドラマ『MIU404』(2020年)やブレイク作『逃げるは恥だが役に立つ』のスペシャルドラマなどに出演。一方で、顔と名前が知られ有名になればなるほど、息苦しさを感じるようになっていった。2巻では、そうした「心の感触」も記されていますね。
星野:心が荒波みたいになっている時って、このことを訴えたいとか、自分のこの辛さをわかってほしいってモードに入るじゃないですか。感情が乗りすぎていると、それこそ“盛って”しまうというか、事実を事実とはまた違うものに変形させてしまう。それはイヤだなと思っていたんですが、文章を書いていると、不思議とどんどん凪いでいくんですよ。心の荒波がピタッと止まって無音みたいな状況になった時に、うわーっと筆が進んでいく感覚があるんです。
──その「凪」の感触を、読者も追体験していると思います。読み進めるうちに心がどんどん落ち着いていく、穏やかになっていくんです。『そして生活はつづく』の時は、全裸の星野さんが絶叫しているイメージが強かったんですが(笑)。
星野:僕もそのイメージがあります(笑)。『いのちの車窓から』のエッセイは、「俺はこう思う!」と意見を発表するみたいな気持ちはあまりなくて、自分と対話する、という感覚なんですよね。自分と向き合うとか、自分を描写するとか、自分の心のポートレートを書く、みたいな。なかなかそれって、他ではやれなくて。僕にとっては、エッセイでしかできないことなんです。例えば、ラジオで喋る時は、ラジオっていい意味でインスタントなので、自分の考えがもうちょっと明確にメッセージとして出たりするものだし、聞いてくれる人たちに楽しんでもらいたいなとも思っているんです。
──俳優は、脚本家が書いた他者の言葉を喋る仕事ですもんね。
星野:そうですね。音楽は音や言葉を使って遊ぶもので、遊んだ結果をみんなで楽しむもの。曲を発表する際には他のミュージシャンもいたりするので、自分一人にはなかなかならない。でも、エッセイは一人で書くものだし、それこそ「感触」みたいなものを描くには、ものすごく自分を見つめなければいけない。エッセイを書くことは、孤独になる作業なのかなと思います。
──個人的には、星野さんは部屋の掃除が好きなんだなと2巻を読んで気づきました。星野さんが生活を大事にされているからこそ、地繋がり感が出ているのではと思います。
星野:それはただ単に、エッセイを書いていて行き詰まると、本当に掃除しているんだと思いますね(笑)。部屋を掃除すると、頭の中も整理できるじゃないですか。それがエッセイを書く際の、言葉の整理にも繋がっているんじゃないかと思うんです。
──2巻では、全裸の星野さんが久しぶりに出てくるのも見どころだと思います(笑)。本書に登場する〈そうか、俺の体内はニューヨークだったのか〉という一文も、文脈的には真顔なのに、真顔ゆえに笑えてきて……。
星野:そこだけ抜き出すと、意味わかんないですね!(笑)
自分の考えの中にダイブしていく
描写の仕方はホラー小説の影響です
──2巻では車窓の外側ではなく、内側にカメラが向けられる機会が増えていますよね。そのぶん、エッセイの中に星野さんの思考が染み出していっているのではないでしょうか。
星野:やっぱりコロナ禍は大きくて。家の外に出られない時期も長かったので、“車窓”の景色が変わらなかったんです。そこから、自分の心の方にフォーカスが強まっていったなと思います。
──コロナ禍真っ只中に執筆されたエッセイは、いいんだよ、と言ってもらっている感触がありました。例えば、
だから、人生がひどく辛いと思ったっていいし逃げ出したいと思ってもいいんだよ、と。
星野:正直な話をすると、あの頃のエッセイは自分のために書いたものでもあるんです。コロナ禍は悲しいこともいっぱいあったし、世の中が今以上に混沌としていましたよね。自分が考えていることを改めて整理して、自分の気持ちはどこにあるのかっていうことをちゃんと精査しないと、雑念に引っ張られてしまう。そう思っちゃうのはしょうがないよ、と自分を許してあげるというか、救いたいって感覚だったんです。
──深く考えている人を目の前にすると自分でも考えてみたくなるし、自分を救おうとしている人を目の前にすると、自分でも自分を救ってみようと心が動き出す。星野さんが「心の感触」を大事にしてくれたからこそ、エッセイを読む人の内側にそんな現象が起きていくのかもしれません。
星野:「俺はこういう意見だ!」ってだけの文章だと、へー、そうなんだぁ、で終わっちゃいますもんね。読んでて自分ごとにならないというか。今の書き方に変えたことで、自分だったらどうだろう、みたいなリアクションがもしかしたら起きやすくなったのかもしれないです。
──ところで、冒頭に引用したプレスリリースのコメントには続きがあって、〈個人的にですが、単行本用に書き下ろした4つの新作が好きなので、ぜひ手に取って読んでいただけたら嬉しいです〉。どれも素晴らしかったです。
星野:ありがとうございます。お世話になった音楽ディレクターの東榮一さんの話と、東京に出てきた頃のバイト先の店長だった金城吉春さんの話はぜひ書きたいと思っていました。連載中(2022年)にリリースされた『喜劇』という曲のことも書けたらな、と。
──4本目の書き下ろし「いのちの車窓から」は、最後に収録された一編ですが……まさかあんな状況に立ち会うことになるとは思ってもいませんでした。
星野:そうですよね(笑)。僕も全く思っていませんでした。そうだ、自分は諦めていたんだってことは、言葉にはしていなかったんですよ。言葉にしていないけれど感覚ではわかっていたことが、改めて言葉になったんです。しかもそのことが、伏線回収じゃないですけど、『いのちの車窓から』というタイトルに絡んでいった。まさかこんなにも「最終回!」って感じの話になるとは、と自分でも驚きました。
──文章を追うことで星野さんの思考や感覚にシンクロしていく度合いが、特に強烈に感じられる一編だと思うんです。
星野:あのエッセイはめちゃめちゃ小説を読んでいる時に書いていたので、もしかしたら書き方が変わってきているのかもしれないですね。ホラー小説ばっかり読んでいたんですよ。ホラー小説って、おばけも出てくるし、怪異って基本的には普段目に見えないものを描くじゃないですか。世の中にはないけど作者の中にあるものを書いていく、自分の考えの中にダイブしていくみたいな描写の仕方は、もしかしたら影響があるかもしれませんね。
──ホラー小説にハマったのはなぜですか? 読むと安らかな気持ちになる人もいると聞きますが……。
星野:まさにそうですね。なんか、安心するんです。そのために読む、みたいな感覚もあります。澤村伊智さんや芦花公園さんの小説がとても好きで、怪異が大暴れしてくれると穏やかな気持ちになります(笑)。
──星野さんのエッセイも、ホラーとは全く違う種類の、心の安寧を得られると思います(笑)。最後に、読者へのメッセージをいただけますでしょうか。
星野:本にする作業が終わった時、とても充実感がありました。「こんな文章が書きたい」と始めた連載の目標が達成できた気持ちになったんです。この本には星野 源の約7年半、連載開始から数えると約10年間が詰まっています。読んでいただけたらすごく嬉しいです。
プロフィール
書誌情報
▼ 作品情報まとめ記事はこちら