コロナでDVは増えたのか (5)
コロナの増加により、DVが増えたのでしょうか。この問いに関して、これまで(1)から(4)において、様々なデータをもとにして、私なりの解釈を述べてきました。
ここでは、最後の「まとめ」として、これまで説明してきたことについて、追加的な情報を加えながら整理したいと思います。
1.配偶者暴力相談支援センターにおける相談件数の増加
DVの相談件数が、コロナ発生後に1.6倍(注)になったことについては、これまで集計されてきた配偶者暴力相談支援センターの相談件数に、新たに開設されたDV相談プラスの相談件数が上乗せされたことにより大幅な増加となったものでした。
(注:現在は再集計により、配偶者暴力相談支援センターの相談件数が137,333→129,491に修正され、その結果1.5倍となっている。)
他方で、純粋に、配偶者暴力相談支援センターのみの相談件数を確認しても、一定程度、相談件数が増えたことが言えました。
ただし、その後、2020年度の相談件数が修正されましたので、改めて、修正後の件数で確認してみます。
そうすると、当初の集計から約8,000件下方修正されたため、前年度からの増加幅もそれに伴い減少(15.1%増→8.6%増)し(図1)、さらに、1センター当たりの相談件数も減少(464.0→437.5)しました(図2)。月別の相談件数の大きな傾向は変わりませんが、前年同月比での増加率も減少し、月によっては前年度を下回る月も発生していたことがわかります(図3)。
こうなると、相談件数が増えたと言えるのかが気になりますが、それでもなお増加幅はこれまでの傾向よりも大きかったことは確認できます。ただ、その変化は顕著なものではなかったと言えます。
なお、この相談件数は延べ件数であるため、実際に相談者(DV被害者)の増加を確認するためには、実人員をみる必要があるのですが、(1)の投稿時点では、2020年度の集計結果が公表されていなかったため、実人員の比較ができませんでした。
この集計結果については、現時点で公表(令和4年3月31日付)されていますので、ここで実人員の変化をみてみます。
そうすると、約6,300人の増加となっており、増加率は8.5%と相談件数の増加率8.6%とほぼ同じですので、相談件数の増加は、一部の相談者の頻回相談によるものではなく、相談者の人数の増加であったことがわかりました(図4)。
ただし、前述のとおり相談件数および相談者の増加は顕著な増加ではなかったことに加え、相談件数の集計結果からは相談に至った理由がわからないことから、この増加についても、コロナが要因かどうかは明確ではないということになります。
2.DV相談プラスによる新たな相談対応
続いて、DV相談プラスについては、24時間体制であることや、チャットやメールも含むその多様なツールが用意されていることもあり、配偶者暴力相談支援センターの補完的な受け皿となって、全国から多くの相談が寄せられたことを述べました。
(2)の投稿時点では、2020年4月下旬~10月末の半年間の調査研究による分析をもとに説明しましたが、その後、2020年11月~2021年3月末までの調査研究の結果が報告されましたので、ここでは、この点を若干補足したいと思います。
精神的DVにかかる相談が約6割と最も多かった点については、2020年度後期も同様でした。
また、チャット(SNS)やメールによる相談が前期よりも全体的に増加しましたが(26.1%→31.1%)、特に、10代や20代は10ポイント以上の増加となり、5割~6割を占めるに至っています。
これまで一般的であった電話による相談に抵抗があったり、電話しづらい環境におかれて相談窓口にアクセスしなかった(できなかった)方のニーズに対応できたのではないかと考えられます。
また、コロナで相談が増えたのかどうかという点については、いくつかの事例から、少なからずコロナに起因するとみられる相談があったことを報告しました。2020年度後期においても、加害者が休職中であったり、無職になったことなど、コロナが影響していると類推される相談が見受けられたようですが、コロナに直接言及する相談はほとんどなかったと報告されています。
DV相談プラスにおける相談内容からも、コロナによってDVが増えたのかどうかについては明確にはわからないと言えます。
3.警察における相談対応
警察での相談件数は、身体的DVや生命にかかわるような深刻な状況にある場合の相談として受理されているものですが、この件数が過去最高を記録したものの、これまでの増加傾向からみると、むしろ前年からの増加率は低かったことを報告しました。
そして、このことは、こうした深刻なDVが増えなかったというよりも、潜在化している可能性があることが懸念されるところです。
また、警察の相談の傾向とは異なり、配偶者暴力相談支援センターの相談件数が増加し、DV相談プラスにも多くの相談が寄せられた背景としては、警察における相談が深刻なDVであることを踏まえると、主に精神的DV(モラハラ)の相談が増えたことや特別定額給付金の手続に関連した相談が増えたことが影響として考えらえることを述べました。
なお、警察へのDV相談に関連して、DVと同様に家庭内における暴力である「児童虐待」についてもここで少し触れておきます。
近年、DVとともに、児童相談所における児童虐待対応件数も年々増加しており、2020(令和2)年度は20万件を超え、過去最高を記録しました(図5)。
この増加の大きな要因としては、警察からの通告が増えたことがあげられ、令和2年度は相談経路のうち約5割を占めています。児童が同居する家庭内でDVが発生している場合、いわゆる「面前DV」として「心理的虐待」にあたるため、こうした事案を発見した警察が通告するということになります。こうしたこともあり、心理的虐待は虐待の内訳のうちで最も多く約6割を占めるに至っています。
この状況をみると、コロナの影響でDVも増加したことが要因の一つとなり、児童虐待の増加につながったのではないかと、その増加傾向に関心が寄せられるところですが、対前年度比をみると、コロナの感染が拡大した2020年度はむしろこれまでの増加率と比較して顕著に低かったことがわかります(図5)。
警察からの通告件数が増えた一方で、学校、保育所、幼稚園、医療機関、福祉事務所などからの通告は減少したことから、こうしたことが増加率の低下した要因と考えられます。
コロナの感染拡大に伴い、学校の休校など外出する機会が減少したことで、虐待の発見につながらなかった可能性は否定できませんが、厚生労働省は、「新型コロナウイルスの影響について懸念はされるが、現時点で明確な関連性はみられない」としています。
DVと児童虐待は同じ家庭内で発生する問題として関連性があります。外部との接点が減るなかで、こうした家庭内の問題をいかに把握し、保護・支援につなげるかが課題と言えます。
4.DVの被害実態
内閣府「男女間における暴力に関する調査」において、DV被害の相談状況をみると、被害経験者全体のうち約半数が相談しておらず、さらに、これまで述べてきたような公的機関に相談している人の割合は5%にも満たないことから、相談件数として把握されている数字はDV被害のごく限られた一面をあらわしているにすぎないことがわかりました。
そして、コロナ発生期間中(2020年)のDVの被害経験を確認すると、男女ともに約3人に1人(32%)が被害にあっているという状況にありましたが、コロナ発生前(2017年)と比較するとその割合は微減していました。
ただし、前回調査(2017年)との比較で、暴力類型別にみると、女性について身体的暴行と性的強要が増加し、男性も性的強要が増加しており、年代別でみると、20代と30代の女性、40代の男性で増加しているなど、一部の層においては被害の増加がみられました。さらに、複合的な暴力被害は増加し、命の危険を感じたことがある者の割合は男女ともに増加していました。
このように、被害経験が全体で減少する一方で、一部では暴力被害の深刻度が高まっていた状況が推察されます。
このことからも、先に触れた警察での相談件数が近年の増加率より低かったことは、コロナ禍において家庭内の問題が潜在化していた可能性をうかがわせます。
5.まとめ
これまで、「コロナでDVが増加したのか」という点について、いくつかのデータをもとにして検証・説明を試みました。
その結果、これらのデータから、「コロナでDV被害が増えた」と明確に結論付けることはできませんでしたが、相談窓口には多くの相談が寄せられたほか、一部の層では被害の深刻化の状況がみられました。
こうした状況は、コロナの感染拡大を背景とした外出自粛などの家庭環境の変化が少なからず影響を与えていたことが、いくつかの事例によって報告されています。そして、コロナに伴う家庭内の問題に注目が集まったこと、世帯主を受給権者とした特別定額給付金の支給、これらに関連したマスコミの報道や政府による積極的な広報が、DVに悩む被害者を相談の窓口へとつなぐ契機となったことが考えられます。
すなわち、コロナによってDVが増えたというよりは、これまで存在していたDVを顕在化させたり、深刻化させたと言えるでしょう。
メールやSNSによる多様なツールでの相談が、若い世代にとって、またコロナ禍という特殊な状況下において特に有効であった一方で、人との接触の制限は、家庭内の問題を周囲から見えにくくさせるとともに、被害者の保護や支援を難しくさせました。実際、DV被害者を支援する民間シェルターでは、シェルターの閉鎖や受入れの中止を余儀なくされた事例が把握されています。
また、DVは、上述の児童虐待をはじめ、雇用問題、生活困窮、精神疾患、アルコール依存など家庭内の問題が複合的、複雑に関連している場合があります。2020年の自殺率について、特に女性で大きく増加したことがとりあげられましたが、この自殺率の増加の一つの要因としてDV被害の可能性も指摘されています。
そんななか、こうしたDVや性暴力の被害など複合化・複雑化した問題を抱える女性を包括的に支援する新法が、超党派の議員により国会(第208回)に提案されるといった被害者支援を前進させる動きも出ています。
一方で、DVは決して女性だけの問題ではなく、男性や性的少数者の被害者が存在していることにも念頭においた相談支援が求められます。
コロナの感染拡大は、このように家庭内の問題を顕在化させるとともに、家庭内で解決することの難しさもまたあからさまにしたと言えます。
DV相談プラスの開設やパイロット的な民間シェルターに対する補助金の創設など、近年、DV対策にかかる予算は拡充されていますが、国際的にみると、まだ低い水準にあります。コロナで明らかとなった課題を踏まえ、DV対策がさらに充実することを期待したいと思います。
【引用・参考文献】
NHK NEWS WEB『児童虐待 昨年度“20万件超” 過去最多 厚労省まとめ』(2021.8.27)(2022年4月21日アクセス)
厚生労働省(2021)『令和2年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数』
厚生労働大臣指定法人 いのち支える自殺対策推進センター(2020)『コロナ禍における自殺の動向に関する分析(緊急レポート)』
内閣府(2021)『DV被害者等のための民間シェルター実態調査及び先進的取組事例に関する調査報告書(概要)』
内閣府(2022)『配偶者暴力相談支援センターにおける相談件数等(令和2年度分)』
内閣府(2022)『令和2年度後期DV相談+(プラス)事業における相談支援の分析に係る調査研究事業報告書』