便りがないのは良い便り
18歳で青雲の志を抱いて東京に出た。だが、有名大学に入り出世街道を駆け上ると言うこと志と違ってジャズ音楽と言う暗い森の中に迷い込んでしまった。日本で最古の歴史を誇るビッグ・バンドの名門でバンド・ボーイとして働くことになったのだ。
小島正雄指揮、小原重徳とブルーコーツ・オーケストラ。フランチャイズは日本の中のアメリカとして名高かったワシントン・ハイツのオフィサーズ・クラブだった。クラブへ行く道の家の前には芝生の庭があり、そこで日光浴をする女性が通行人に「ハイ」と言って手を振って挨拶する。クラブでは日本一のトロンボーン奏者の河辺公一やキーちゃんことトランペットの北里典彦が毎夜毎夜華麗なプレイを披露していた。田舎町で育った若者には見るもの聞くもの総てが光り輝いて暗い森どころかワ魅惑のンダーランドだった。
マネージャー広瀬礼次の口利きで帝国ホテルのバンドに移ったことによりブルーコーツで働いたのはたったの三か月だったが、その後も何故かブルーコーツとは縁が途切れることはなかった。小原さんの後を継いだ三代目バンドリーダーの森寿男さんとは故郷が同じだったこともあり格別のお引き立てに与った。何時しかブルーコーツそのものが魅惑のワンダーランドとなり、その演奏を聞く度に若き日の青雲の志が甦り僕の闘志を掻き立てた。ブルーコーツが僕の終生の友となり生き甲斐となった。
インターネットを見て驚いた。森寿男とブルーコーツ・オーケストラがザ・ブルー・コーツ・オーケストラと名前を変え岩崎敏信がリーダーになったとのこと。体力の衰えが気がかりだった今年90歳になる森さんはどうやら引退したらしい。後を引き継ぐのがNo.1ビッグ・バンド・ドラマーと僕が私淑する阿野次男さんでなく僕と面識のない岩崎敏信さんとなった。とうとうブルーコーツと言うワンダーランドと決別する時が来た。森さん同様僕もこの際潔く身を退こうと固く決心した。
ワンダーランドからさまよい出た僕は楽しい思い出がいっぱい詰まったバッグを背負っている。ブルーコーツのお陰で僕は今では伝説となったキーちゃんの演奏する「シュガー・ブルース」を聞くことができた。2017年だったか招待されたブルーコーツの新年会で引退したキーちゃんとお会いし、キーちゃんがリーダーとなって吹き込んだCDを頂いた。93歳のキーちゃんと90歳の森さんから最近連絡がなく「便りがないのは良い便り」で今以って健在だと確信しています。それが83歳の今の僕の心の支えとなっている。
(写真:キーちゃんと森さんと僕、2017年のブルーコーツの新年会で)
PS:これで一先ずノートのブログを終了致します。閲覧して頂いた方々には心からの感謝を申し上げます。10月からは初心に回帰し点額散人として再度ブログに挑戦致します。引き続き閲覧して頂ければ幸甚に存じます)
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