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台風一過の夜、遠方より友来る。

能登だけじゃない、頻発した地震のその後はどうなったの?
集中豪雨は、昨日、今日やってきた新手の災害だっけ...

みんな、もうすぐ忘れてしまうよ。

原爆を作った男の映画は観たが、始末の仕方を考えないで作った原発の行方は。
何年になるんだっけ、寒い国の、もう戦争と呼べそうな殴り合い。

その戦争のニュースと間違えてしまう中東の果てしない憎み合い。

忘れないように!と奥歯をかみしめている。
そうしないと、忘れてしまう!とおのれを疑う。

迷走していた台風10号が、いつの間にか消えて無くなり、夏の終わりの青空が再び現れた日の夕暮れ。
遠方より、友がやってきた。

彼はつい最近50歳をいくつか越えたばかりで、ぼくの息子といってもいい年回りだということに、今さらに気がつく始末。
ぼくは七十二歳、だと思っていたら、「今年で七十一です」とかみさん。そうか、まだそんな若造であったか。

10年の付き合いになる西麻布の古民家に手を入れた居酒屋を指定した。

カウンターだけの小さな店は、客が着席してしまうとキッチンの中を通って奥へ向かうしか手がないのだが、若い店主の自宅の台所に招かれたようで、それはそれで居心地がいい。

「予定通り到着できそうです」
ラインが入ったのが、待ち合わせの5分前。

相変わらず律儀な男だと思ってみたが、彼の仕事への姿勢がそうだったな
と思い出していた。

この呑み屋の肴は、基本的にはおまかせ。
「なんか唐揚げが食べたくなっちゃったなぁ」とか、「豚カツ、小さいやつでいいんだけど」なんてリクエストにも、材料があれば応えてくれる。

まず、はじめに野菜の小皿、小鉢が出てくる。
目指しているのは男の身なれど「西麻布のお母さん」なんだと。

今夜は、白ナスの梅干し煮。オクラ煮浸し。里芋、こんにゃくなんかの煮物から。

あわせるのは沖縄にルーツのある店主の親族が送ってくるシークワーサー・サワー。

友だちもシークワーサー・サワー。

「乾杯」したかどうかは忘れた。

わさび醤油をくぐらせた鮪赤身はクレソンと食す。

「生牡蠣はどうします?」
「・・・・?」
「そのままでも美味しいですし、蒸してもいけますよ」
「では、蒸してちょうだい、君は?」
ふたりとも蒸し牡蛎。

台風一過がひとの足を鈍らすのか、この夜の飲食店は、どこも客が疎らで、この店も同様。
なので、遠慮なく熱燗を頼む。
友だちは、赤星の小瓶。ここの赤星は小瓶なのだ。

ビールは手酌。熱燗がついたので、友だちの前の猪口にも七分目満たす。

「このごろビールばかりなんだって」
「そうなんです。クラフトビール、相当飲んでます」

友だちは、「ブルワリー」を造ろうとしている。
「ブルワリー」単体ではなく、温浴施設に併設して製造、提供、そして供給まで考えているのではないかと思う。

友だちは、無くても日々の暮らしには困らないが、あなたの人生を少し豊かなものにしてくれる、いわば“目利き”仕事をしている。

こぼれなければそれでいいコップ、ご飯をのせるためだけの茶碗、整理整頓されていれば文句のないリビング...

機能さえ満たしていればいいこれらのモノ、コトを、
“これ、いいな”、くらいに思える、ちょっとプレゼンテーションする。
あなたの暮らし心地を、少し変えてゆく仕事。

サウナで汗をかき、グッと一杯飲み干すビールは美味い!それが、そのサウナで作られたクラフトビールであれば、あなたの思い出に何かが添えられるかもしれない。

友だちは、そんな仕事をしている。

ぼくらが仕事場で出会って、人生の時間のなにがしかを共有し、
やがて分岐する道を、それぞれが選んでそれなりの月日が経った。

嵐が去り、街にはひとがまばらだ。

別れていた道が交差して、また記憶が発火する。


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