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こいつに出会えるとは…
神田小川町の歯医者さんを14:00に出れば、汐入には15:30前に着く。
ベースの前の「ハニー・ビー」で、BLTとビールをやったって17:30、恵比寿には間に合う。
予定だった。
歯医者さん、えらく熱心に治療なさって時間超過。
BLTとビールは泡と消えた。
と、なれば、いつものように本屋徘徊。
まずは、OAZO丸善本店3階だ。
村上春樹さんの『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』下巻がふたつの書棚、段ボール箱、納戸、どう探しても出てこない。
あきらめて、今日こそ買ってしまおう、と新潮文庫の棚に向かう。
平台を曲がろうとしたら、一番端にこいつが積んであった。
五木寛之さんの『海を見ていたジョニー』。
40数年前に読んだ短編は、2021年7月15日に新装版としてすでに発刊されていた。
ここにある平台、平積みは、当てのない宝探しのように毎週見ているのに。
こいつに気が付いたのは、汐入行きをあきらめた水曜日の午後だった。
こんなとき、不良老人Jr.の足は数寄屋橋地下のワイン屋へと急ぐ。
ガーリックトーストと、二杯目の泡を飲み干すころには読み終わっていた。
『海を見ていたジョニー』の主人公ジュンイチは、港町で姉と酒場を経営している。夜、店を片付けて海辺の公園でトランペットを吹く。それが唯一、生きてる証のような暮らし。
いつもの公園で出会った黒人の大男は、”バッファローのジョニー”とあだ名される米軍兵士だった。そしてピアノの名手。ふたりは無二の親友となる。
ジョニーはジュンイチに、音楽や人間について、話す。
<音楽は人間だ> <音楽はごまかせない。人間の内面を映す鏡みたいなもんさ>
ベトナムから一時帰休したジョニーがこう言う。
<汚れた卑劣な人間が、どうして人を感動させるジャズがやれるだろう>
ひととき、酒とブルースで、自分が何者なのか忘れたふりをして、兵士たちは、またベトナムへ追い立てられてゆく。あの理不尽な戦争へ。
「ロックフィッシュ」にちょっと寄ってハイボールを、と思ったが、もう時間切れ。
ロックのレコードレーベル時代の同僚と近況報告ついでに一杯。
ブルワリーで白ワインを飲みながら、同僚は教えてくれた。
ぼくがサブで付いていた宣伝のチーフだった人が亡くなった、と。
孤独死だったそうだ。
半世紀近く前の、どうしようもないガキだった頃。
佐世保から廻って来た空母エンタープライズが入港すると、「ハニー・ビー」も、どぶ板通りも、血走った活気が途切れることなく放散される町に一変した。
ぼくは、なぜか、そのことを今でも思い出す。