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スタジアム歳時記
春夏秋冬、だけれど
スタジアムは冬から始まる。
オフシーズン、魂の脱け殻となったサポーターたちは新ユニフォームの発表や新体制で息を吹き返し始める。
届いたシーズンチケット、新しいユニフォームに心を踊らせ、まだまだ寒い2月にリーグ戦第1節に臨むのだ。
冬眠から覚めたように何処か浮足立ち、期待という大きな風船に満面の笑みでしがみついているような浮遊感。
立春を過ぎてお昼の陽射しは温かいがスタジアム内の日陰はひんやりとしている。
防寒具で膨らんだチームカラーのリュック。グッズのニット帽姿はあちこちに見える。温かいスタグルにホッとした表情で舌鼓を打つ。ハーフタイムにホットココアを買い手先を温めるべくカップを両手で包み込む。
新しいユニフォームの上からダウンを着こんで、カイロを握りながら戦況を見据える。
ゴールが決まると寒さも忘れて立ち上がる。膝からブランケットが落ちるのは当たり前。手袋しているから響かない拍手でも思い切り手を叩く。
どんなに寒くても開幕戦勝利ならば祝杯は冷えたビール。
今年のチームの展望を新加入選手たちへの期待を交えて、それを酒肴に話は続く。
春は訪れる。
ダウンコートを脱ぎ、どんなに悪評ばかりのユニフォームで納得していなくとも見慣れて来る頃。
スタジアムの周辺で見事な桜が見られることもあるだろう。
お花見気分で昼間からビールを飲んでも凍えなくなる気温に頬が緩む。
鞄の中のカイロの数も減り、服装も身軽になってきて試合前のイベントも意気揚々と楽しめる。
まだまだこれから!と順位を大して気にすることなく目の前の試合を楽しめる。季節を彩る花々のように明るくヴィヴィットなサポーターの心だ。
それが徐々に夏へ向かい、淡い色の空が濃くなり落ちる影も深みが増してくる。同じリズムで勝利への拘りも次第に強くなってくる。それはキックオフ時間が19時になると共にでもある。
梅雨を目前にポンチョや雨具の心配をし始める。
公式グッズもそれらしいもののラインナップが増えてくる。マスコットたちのレインコート姿もまた一興。
晴れないかな?と口々に呟きながらも、天気など関係なくスタジアムに向かう。
しっとりと潤った芝は何処か物憂げで選手たちの怪我を心配しているようだ。不謹慎ながら水も滴る選手の勇敢な姿に胸をときめかせてしまう。なんで濡れた髪をかきあげる姿はあんなに素敵なのか。
チームカラーのポンチョの色味が鮮やかなゴール裏もまた梅雨の風景だ。
車屋先生のテンションが上がる?いいえ、車屋先生は雨でもテンションはブレず、テンションが上がるのは雪だけです。
夏が迫り来る。
ユニフォーム1枚でいられる快適さ。それに自分のチームを誇示するような嬉しさがある。青空の下で輝く胸元のエンブレム。腕をすり抜けてゆく爽やかな風。客席を照り付ける太陽は遠慮がない。
選手たちも半袖姿ばかりになり、腕やうなじの日焼けが濃くなり精悍さを増す。色白な選手の鼻梁や頬が火傷したみたいに赤くなる。
19時キックオフは、慣れるまで朝起きてから試合までが待ち遠しく、妙に早くスタジアムに着いてしまったりする。限定ユニフォームを買うか買わないかスマホを眺めながら試合を待つ。
売店にかき氷がお目見えし、嬉々と子供たちが頬張っている。チラチラとスタジアム近隣に見かけるタオルの落し物。
バス待ちも夕暮れ時になる。夜の始まりに静けさはなく、白熱を求める声援が黄昏に湧く。
日が落ちても暑さは夜空にしがみついて離れない。
配布された団扇を片手に熱中症対策のスポーツドリンクを喉に流し込みながら持参した保冷剤で涼をとる。
エアコンの効いた室内でDAZN観戦を選ばないのは、この重たい湿気を孕んだ夏の夜であっても、それらに負けずに走る選手たちがそこにいるから。
あとは試合後、キンキンに冷えたビールを心待ちにしていたりもする。勝利の美酒へとなるように暑さと戦いながら、選手たちの後押し後押し。
温い夜景を更に熱くする声援がスタジアムに響き渡る。
この頃には戦い方やチームの調子の良し悪し、問題点が浮き彫りになってきて、サポの議論も白熱し出す。新加入選手の評価の明暗が見えてきたりする。
それでも、サポーターは涼しさを求めながらも、熱い夏を切望している。
秋が忍び寄る。
所謂、羽織ものの呼び掛けが流布するようになってくる。
昼間はまだまだ日除けが恋しくなるところ。
慣れた19時キックオフが15時キックオフになると、ソワソワしだして観戦時の服装に悩みながら、サポーターも真剣さが増しに増す。最終順位を脳裏の端で意識し始め、一つでも上へと切実になってゆく。
この頃にはユニフォームの悪口もかなり薄れて、愛着すら湧いてくる。スタジアム周辺に溢れるユニフォームに違和感はひとつもない。
ピッチに斜めに落ちる陽射しは透明感を増して見えるし、半分覆う弛い影は季節の移ろいを顕著にする。 何処か試合の舞台を神聖なもののように見せる秋の空気感。
残りのリーグ戦が指折るだけになると寂しさが滲み出す。寂しいのは今シーズンの終幕だけじゃない。
選手や監督の動向も気になり、杞憂をしながらも、それらを振り払うように目の前の試合に集中することに専念する。
欲しいのはシャーレだ。
自分たちのチームの監督が選手たちが歓喜する瞬間だ。
チーム状況によっては消化試合になることもある。それでも、最終節まで応援することはやめない。
天皇杯に勝ち上がると寒さと戦いながらの観戦になる。本格的な登山にでも挑戦するかのような重装備。クリスマスなんて浮かれていられない。目指すは元旦の決勝の舞台。
この寒さとの戦いがなければないで、どこか寂しさを感じる。