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サッカー観て 神社に行きたい。ー京都サンガ編

応援しているチームのアウェイスケジュール加味して書けないかちこです。
もう、我が川崎フロンターレはアウェイ京都戦終えてますし、メディアに取り上げられたように、サポーターはトロッコ列車を筆頭に様々な観光を堪能されておりました。
いや、京都なんて見処有りすぎですし、寺社も多いし、どうするよ!?って感じですが、そこはもう、ドドドンと亀岡市をピックアップですよ!

京都サンガF.C.さんの立派なホームスタジアム「サンガスタジアムbyKYOCERA」がある京都府亀岡市。
しかも、亀岡駅の近く!!真ん前!!
彼氏と京都旅行で浴衣レンタルして保津川下りした想い出。その頃には、まだ無かったなぁ。

そんなことは!どうでもよく!笑
亀岡市は昔は丹波国たんばのくにでした。
南丹なんたん」と呼ばれる地域で、標高500~700mの山々に囲まれた亀岡盆地。盆地出口の保津峡が排水難であるため、大堰川沿いに氾濫原がある。気候は風が弱く、霧の発生が多い。
昔々は湖沼地帯だったと言われ、伝承にも残る。
古代の土器(須恵器すえき)製造遺跡があり、亀山(亀岡の旧名)の地名の由来を「亀山」=「かめ山」とする説もある。
市内の式内社は、祭神が「大山咋神おおやまくいのかみ」(日枝、松尾神社の祭神で渡来系である秦氏祖神)や、出雲系の「大己貴神おおなむち」が多く、古代からの信仰を示唆させます。
秦氏が葛野郡に大堰を築き、用水開発したことにより「大堰川おおいがわ」の名前がついたとのこと。
大堰川おおいがわ保津川ほづがわとも呼ばれ、保津峡越えて、京都盆地に入ると「桂川かつらがわ」となり、淀川を通じて大阪湾へ流れています。(国土交通省の定めは「桂川」の名称)
昔は京都市内まで、木材を運んでいました。(保津川水運)
中世末期、中心は城下町余部あまるべで、山城も20余あったそうですが、戦国時代が終わるとなくなっていった。
1579年に明智光秀が亀山城を築城し、城下町が出来る。
その際に、明智光秀が地形がカメの形に似てるから「亀山」と名付けた説もありますが、それ以前から「亀山」って呼ばれていたそうで。
篠山街道(山陰道)と丹後道(京街道)の分岐点に当たり、昔は交通の要衝でありました。
明治になって、伊勢の亀山と混同を避けるために「亀岡」と称するように。
亀岡市は市の花が「つつじ」。
わ!川崎市と一緒!!シンパシー!!
こちらの躑躅つつじは、保津峡の「岩つつじ」だそうです。
姉妹都市がオーストリアのクニッテルフェルト市で、サンガスタジアムの駅向こう側、亀山城跡辺りの通りが「クニッテルフェルト通り」という名前。
 亀岡市は「紫大作戦」など、市とチームの一体感を感じるプロモーションも多い。紫のチューリップ咲くんだって。素敵ね。
対象日限定だけど、サンガスタジアム観戦者対象で湯の花温泉組合加盟旅館の宿泊料金10%オフとかもやってらっしゃる。
 農林水産大臣賞受賞した亀岡牛というグルメもある…サッカーも観られる、しかも素敵なスタジアム、駅近!ちょっと行けば温泉も。
そしてそして!神社もたくさんある~~~!!!

出雲大神宮いずもだいじんぐう

サンガスタジアムから車で10分弱、バスでも20分の場所にある丹後国一ノ宮「出雲大神宮」。
御影山麓に鎮座。この御影山みかげやまは所謂、神奈備かんなびで神体山として古くから信仰対象でした。
境内山麓には横穴式石室のある古墳や、禁足地内に磐座もあり、神社のかたちになる前から崇められていたのでしょう。
延喜式神名帳には「出雲神社」とあり、「出雲大明神」「元出雲」などとも呼ばれる。
御祭神は大己貴命おおなむちのみこと三穂津姫命みほつひめ。三穂津姫命が主神とする説や、天津彦根命あまつひこねのみこと天夷鳥命あめのひなどりのみことも祀られている説もあり。
三穂津姫命は高皇産霊尊たかみむすびのみことの娘とされていて、大国主命(大己貴命)の后です。
社伝によると、709年創建。境内は神体山を含み約5万坪。
島根の出雲からの勧請とも言われますが、土着の山岳信仰があったところに中央政権の手が入ったということでしょうか。
出雲との関係に由来されているとか、出雲の姫が奉仕していたという話もあるようです。
出雲系なので、ご利益は縁結び。
磐座のある禁足地は社務所で受付をし、白い襷をかけて入ることが可能。神域なので、粛々と厳かな気持ちで臨むべし。

吉田兼好「徒然草」第236段に「丹波に出雲という処あり」と登場する。狛犬についての面白エピソードが繰り広げられる。

室町幕府将軍・足利尊氏の崇敬厚く、重要文化財の社殿は尊氏が修造した当時の檜皮葺三間社流造の姿が残る。
神社の西にある極楽寺に十一面観音像が納められていますが、昔は出雲大神宮の神宮寺にあり、「雨乞い観音」と呼ばれ信仰されていた。
出雲大神宮の例祭は10月ですが、4月に行われる花鎮祭で奉納される花踊りは雨乞いの風流踊りだそうです。
特に祭神に雨乞いは関わっていないけど、水田の多い地域でもあるからかなぁ。


鍬山神社くわやまじんじゃ

サンガスタジアムから車で8分。
徒歩でもバスでも30分少しのところ。天岡山(別名・面降山めんこうやま)の麓に鎮座。
通称、矢田宮やたのみや。矢田社、八田とも。
創建は709年と伝わる。元々は天岡山裏の医王谷いおうだににあったそうな。ちなみに医王谷は、名前の通り質の良い薬草が採れたみたい。

往古の昔、亀岡盆地が大蛇のいる泥湖だったので、出雲の神々が談合し、鍬で保津峡の口を切り開き、水を流して平地にした。そして、鍬山大明神として祀ったという伝承がある。
1165年に鍬山宮の隣に新八幡として八幡神(誉田別命ほむたわけ、応神天皇)を祀ったところ、夜毎に雷雨、殺伐とした声が響いて、翌朝に社殿前に鳩と兎の遺骸が転がってたそうで、鳩=八幡、兎=大国主(大己貴)ってことは、神様が喧嘩してる!不仲だ!ということで、新八幡を移したらしい。
けれど、現在は隣にあるんですなぁ…。並んでますなぁ。
両宮の間に小池を作って喧嘩しないようにしたらしい。緩衝帯みたいなものね。

この天岡山、別名「面降山めんこうやま」の由来は、社殿におうなの面が降ってきて、皇居に翁の面が降ってきた。その神面一対が神宝として祀られたそうです。
そんな面も絡んでか、猿楽座もあった時代もあるそうですよ。
丹波猿楽の主たる矢田猿楽の本拠地だったとか。

「矢田の紅葉」として紅葉のシーズンは有名とのこと。

 薭田野神社ひえだのじんじゃ


サンガスタジアムから車で10分程。バスなど使うと40分弱かかる。亀岡盆地西部佐伯、篠山街道沿いに鎮座。
神社の形を成す前の古代から集落中心に森を残し、土盛りをして食物や野山の神霊を祀っていたのが始め。
土着信仰が大和政権下になり、大和神話との融合ですかね。
709年に丹波国司たんばのくにのつかさ大神朝臣狛麿おおかみのあそんこままろが土盛の前に社殿を建て、名前をつけた。

御祭神は保食命うけもちのみこと豊受姫命とようけひめ)、大山祇神おおやまつみのみこと野椎命のづちのみこと。五穀の神、山の神、野の神なので、土着信仰と重ねたのでしょう。
北の鹿谷に古墳群もあり古くから、集落のあった土地だったことは間違いなさそうですね。
古事記編纂者の1人とされる稗田阿礼ひえだのあれを祀ったという説もあるとか。
明治以前は西側に神宮寺があったそうです。

例祭は10月23日ですが、8月14日に行われる「佐伯燈籠祭」が有名。
薭田野神社の他に御霊神社、河阿かわくま神社、若宮社の四社出合い祭りとなっています。
人形浄瑠璃も上映されます。

薭田野神社はアトラクション系(と勝手に呼んでる)
境内には、清めのお砂や、石の環くぐり、撫でると癌封じになる木、必勝願掛け石、和銅禊ぎ池など、そんなに神社に興味のないお連れさまがいても楽しめるのではないでしょうか?
http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/shrine/14/60/

おまけ。


薭田野には国の天然記念物「菫青石仮晶きんせいせきかしょう」通称「桜石」もあります。アイオライトという種類の石なのですが、桜石って言うし、ピンク色とかかなー?
などと思っていたら、金太郎飴のように桜の花模様みたいな色でした!
神社関係ないけど、セレッソサポさんにおすすめしたい。

 京都には何度も旅行で行っていたし、なんなら京都と東京で遠距離恋愛もしてたけど、亀岡行った経験は保津川下りのみだったから、サンガスタジアムも素敵なスタジアムで行ってみたい!(コトノちゃん好き)ので、是非アウェイで亀岡を楽しみたい。来年こそ。


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