【ショートショート】天岩戸の伝説【冬ピリカ】
「なあ安川。天岩戸の伝説って聞いたことあるか」
「はあ。なんとなく。女の神様が岩の中に隠れて、世界が真っ暗になったとかいう」
「そう。天照大神な。その天照がまた岩戸に隠れそうなんや」
「はっ?」
「最近オーバーワーク気味らしくてな。最近といってもここ150年くらいな。もう無理、みたいになってんねん」
「先輩.. いったい何を言ってるんですか」
「エジソンが電球を普及させるまでの何千年は、日が昇ればあたりを照らし、沈めば暗くするくらいの単純な仕事やったんやけどな。あちこちに発電所が出来て電灯が灯ると、天照大神ならぬ天照大忙しになってしもた」
「からかってるんですか。電球は電子が流れるから光るんです」
「その電子の正体が天照大神や。正確に言うと天照の一部な。天照はお前が考えるように人の形をしてるわけやない。この世を包み込むように無数に分散して存在してる。その一部分を、人間は電子や光子と呼んでるんや。天照が岩戸に隠れるのは、その電子や光子がこの世からなくなるということ。つまり発電機や電池があっても、この世は真っ暗になる」
「ちょっ... 先輩... 大丈夫ですか... 」
「ここ数十年、天照の機嫌が相当わるなっててな。人間が科学技術を支配したかのように傲慢になったからや。科学技術の支配はすなわち神の支配。それにブレーキをかけさせようと、八百万の神たちは温暖化防止の学者をよそおったりしてきた」
「はあ... 」
「でも、もう手遅れに近い。お前そんな世の中どう思う?朝も昼も夜も真っ暗やで」
「いや... それはもちろんいやですけど... 」
「俺もいやや。しかし、それを食いとめる方法が一つある」
「ど... どうするんですか... 」
「天照がどうやって岩戸から出てきたか知ってるか」
「たしか... だれかが岩戸の前で踊って... それで中から岩戸が開いて... 」
「そうや。アメノウズメの裸踊りで八百万の神たちが大爆笑。外の様子が気になって天照が少し岩戸を開けた。そこをみんなで引っ張りだしたというわけや」
「なんとなく覚えてます」
「天照はちょっとツンデレなとこがあってな、こっちがかまおうとすると引きこもりよる。逆に、こっちはこっちで楽しそうにして放置しとくと、気にかかりよる」
「はあ... で... 世界が真っ暗にならないためにはいったい何をすれば... 」
「いま言った通りや。天照が引きこもらんためには、みんなが明るく笑ってればええんや。つまり天照に照らしてもらう前に、自ら心の灯りをともすことやな。最近は悪いニュースのせいでみんな暗すぎるわ。お前もな。仕事ミスったくらいでそんな顔してんと、明るく笑ってればええんや」
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