異語り 063 急加速
コトガタリ 063 キュウカソク
中学校の大嫌いな行事に10キロマラソンというものがありました。(男子は15キロ)
2月の極寒の中、宇治川の堤防を5キロ先まで走って行って帰ってくるという鬼畜行事です。
少しばかりの救いとしては、当日は現地集合・現地解散になるということぐらいでしょうか。
いくら北海道よりは暖かいといえ、京都でも2月には雪だって降ります(ほとんど積もりませんが)
在学中の3回のうち1回はみぞれ混じりの中でのマラソンでした。
コースは毎年同じで、男子の3年から順番に時間差でスタートし、女子の1年の後に徒歩組がスタートします。
運動部では目標を出される部もありましたが、大半の生徒は「あ~、だりぃな~」的な参加者なので、スタート場所の河川敷グラウンドから堤防へ上がる頃には団子状態も解消され、堤防上にそれはそれは長い行列が出来上がります。
例え友達と「一緒に走ろうね」なんて約束していたとしても、10キロもありますから自分のペースを守らないと走りきれません。
殿には怖めの先生が付いてくるのでずっと歩くという戦法も使えません(強心臓の先輩はいましたが)
「終われば早く帰れる」毎年そればかり考えていたように思います。
ただこのコース、今思うとちょっと運任せ的なコースだったかもしれません。
2年生の時だったと思います。
普段仲良くしていた友人は部活で「30位以内厳守で」と言われたらしく、早々に1人で走って行きました。
まあどうせおしゃべりする体力なんてないですから1人でぽてぽてと走っていました。
まだ数キロも走らないうちに、先発した男子3年の先頭グループが帰ってきます。
いいなぁもうすぐ終わりかぁ。
なんて考えながら ぽてぽて ぽてぽて
遥か先に折り返し点が目視できるようになった頃、超スローペースの3年生女子に追いつきました。
もはやただ歩いている……。
彼女たちを追い越してすぐ、ちょっと視界が揺れた気がしました。
ちょっと歩こうかな? と思いはしましたが、きっと足を止めると一気に疲れが出てきそうな気がして走り続けました。
先に走っていた友人が折り返して戻ってきました。
彼女の声に片手を挙げて応えます。
が、数百メートルも行かないうちに
また彼女とすれ違いました。
お互いに「あれ?」と思ったようで言葉を交わすことなく、気付かないふりをして通り過ぎました。
どうにか折り返して、だいぶよろよろしながら走り続けます。
後発の1年生たちも追い上げてきています。
学年の先頭集団はやはり運動部員が多いようで、羨ましい位余裕がありそうに見えます。
おしゃべりしている1年女子とすれ違いました。
往路で追い越した先輩方ともすれ違いました。
少し足元がフワッとしたように感じました。
一瞬視線を落とし、再び顔を上げると
なぜかまた先輩方が前方にいます。
さっきのは見間違いか?
あまり目印らしいものもない堤防の上では正確な現在地もわかりづらいです。
すでに思考もままならない状態。
惰性のまま足を動かし続けていると、またふわりと足元が不安になりました。
やっぱり10キロなんて素人に走らせちゃダメなんだよ。
息を吸うのも吐くのも何度かに分けつつ、それでも徐々に酸素が不足していってるように感じられます。
まだまだゴールが見えません。
代わりに遠方から徒歩組の最後と一緒に歩く殿の先生の姿が見えました。
もう少し、もう少し
体はなんとか前に進んでる。でも頭の中はもうどうでもいいようなことばかりが浮かんできます。
いつの間にすれ違ったのか気がつくと向かってくる1年生も先生もいなくなっていました。
ようやく7.5キロ地点が見えてきました。
声掛けをしてくれる先生の前を通り過ぎます。
視界がぐにゃぐにゃと歪むのが鬱陶しくて、少し先の足元だけを見つめて
前へ前へ
「おい、こっちだぞ!」
急に声がして顔を上げると、もうグラウンドに降りる分岐点まで来ていました。
あれ、もう?
なんだか知らない間に走りきっていた模様。
少し疑問を感じながらも、なんかラッキーと思いながらゴールしました。
中学生活中の最高順位でした(二桁台)
ゴール後は担任に順位と体調を報告すれば自由解散となります。
どうやら待っていてくれたらしい友人が声をかけてきました。
「最後すごかったね」
何のことかよく分からずに首を傾げていると、友人が興奮した様子で話してくれました。
「そろそろ戻ってくるかと堤防の上の人が外を眺めて待ってたら、スルスルスルーっと急にスピードを上げて走っていく生徒がいてびっくりしたんよ。誰やろって思って見てたらあんたやったからよけいびっくりやわ」
私としてはラストスパートをかけた覚えも、最後に人を抜いた記憶もありません。
まだ息も整わぬうちにわけのわからないこと言われて固まっていると、それに気づいたのかちょっと言いづらそうに
「そういえば2回会ったよね」
ボソッと聞かれました。
「……うん。あの後、先輩にも2回会ってるかもしれへん」
「なんか途中で変な感じせえへんかった?」
「ちょっとふわっていうか、グニャっていう感じ?」
「そう!」
2人してまだ人影が続く堤防を見上げました。
「「あっ!」」
ちょうど見た先の人影が、急にスピードをあげました。
スルスルと人をすり抜けるようにして30メートルほど滑るように進みんでききます。
そこで急にまたペースが落ちました。
無言で友人と顔を見合わせます。
「あれ?」
「うん。あれ」
急加速した人物は息も絶え絶えにゴールすると、特に何も言うことなくクラスの列に歩いて行きました。
「あの子、たぶん何も気づいてへんよ」
「そうみたいやな」
友人は私を見つめながらしみじみと呟きました。
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