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異語り 143 お気に入り

コトガタリ 143 オキニイリ

30代 女性

私の祖父はコーヒーが好きだった。
家に遊びに行くといつもコーヒーの匂いがしていた気がする。

綺麗なコーヒーカップもたくさん持っていた。
どこかへ旅行に行くと、その土地の焼き物のカップを買ってきて集めていたらしい。

そんな祖父も87歳で亡くなった。
事故や病気ではなく老衰だったので大往生。
お葬式に集まった親族も皆和やかな雰囲気で、自分もこんな風に死ねたらいいなぁと少し羨ましく思った。

祖父が亡くなって1年
一周忌で顔を出した時

「せっかくだからみんなでじいちゃんのカップでコーヒーを飲もうか」ということになり、それぞれカップを選ぶことになった。

すると突然

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ

低い地鳴りがしてカタカタと家が揺れ始めた。

「地震!!」

皆が慌てて食器棚から離れ、広いリビングに避難する。

ガシャーン

何かが割れる音がした

揺れはすぐにおさまり母はテレビをつけ、私達はさっきまでいた食器棚まで戻った。

割れた音がしていたので悲惨な光景を覚悟していたのだけれど、ほとんど被害らしい痕跡もなく、ただコーヒーカップが一客だけ落ちて割れていた。

「あらあらまあまあ」
祖母はそのカップを確認するとなんだか納得したようににっこりと笑みを浮かべた。

「あの人は自分も参加したかったみたいね。このカップは一番気に入っていたやつなのよ。きっと向こうへ持って行ったんだわ」って、

そう言いながら半紙を持ってきて、それに破片を拾おうとする。

「ばあちゃん危ないから私がやるよ」
祖母から半紙を受け取って丁寧に破片を拾う。
と言ってもカップもソーサーも綺麗に二つに割れただけでほとんど破片は飛んでいなさそうだった。

「変なのよ~どこも地震のこと言ってないのよ」
母が首を傾げながら戻って来た。

私たちは顔を見合わせ、「あーやっぱり」と頷きあう。

「じゃあコーヒーを入れようかしら」



祖母が入れたコーヒーをじいちゃんの遺影の前に供えると

カタカタカタカタ
また微かに家が揺れた。

でももうみんな騒ぐことはなく
「いただきまーす」と声をそろえ仏壇に向かってカップを掲げた。

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異語り 夏瓜(かか)
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