異語り 134 最後のHR

コトガタリ 134 ラストホームルーム

40代 男性

確か中学校の卒業式だから30年以上前の話

自分の通っていた中学はそれほど荒れてはいなかったけれど、少数ながら不登校もいた。
理由はそれぞれで詳しくは知らない。
いじめだったり、不良だったり、いろいろ居たと思う。

自分のクラスの奴は病気だった。
ほとんど登校してこないけれど、行事の時だけはひっそりと参加していたりする。
それでも一日いるのは辛いのか、半日だけとか途中からの参加がほとんどだった。
だから卒業式の日の朝、席に座っている彼を見つけた時は凄く不思議な感じがした。

だって卒業式なんて体育館でのお偉い方の長~い話ばかり。
だから彼はそんなのはパスして最後のHRだけ出てくるかと思っていた。


どうにか式典が終わり教室に戻る。
すると、今度は色々こみ上げてきてるっぽい担任の話が始まった。

泣いている女子もいた。
クラスのあちこちから鼻をすする音がする。
しんみりとした空気が満ちていた。

突然

「うおおお―!!」

ガタガタガタン

雄叫びと激しい物音に全員の視線がその発信源に注がれる。

彼だ

額に玉汗を浮かべ、肩で息をしている。

笑うべきか? 心配するべきか? 皆判断できずにいると
「どうした夢でも見てたのか?」
担任の声でやっと笑いが生じた。

病弱の奴にそんなこと言っていいのか? とも思ったが、彼は反応しなかった。

クラスのみんなをゆっくりと見渡し、一瞬目を丸くした。
そして次の瞬間ボロボロと涙をこぼし始めた。

せっかくの笑い声はすぐにオロオロとした空気に変わる。
「どうした、どこか痛いのか? 苦しいのか?」
担任も慌てて駆け寄るが、彼は頭を横に振りながらしばらく泣き続けた。

結局その時は何が何だか分からないまま最後のホームルームは終了した。

全員での挨拶の後、やっと泣き止んだ彼は誰にも声をかけることなく逃げるように帰っていった。

自分たちはお互いに別れを惜しみ、ダラダラと教室に残り続けた。
8割方の生徒が教室から去った頃、残っていた1人がちょっと声を落として話しかけてきた。
「あのさ、さっきのことなんだけど」
そいつは彼のすぐ後ろの席で、ホームルームが始まってからずっと彼を見ていたらしい。

「あいつさ、なんかやばそうなお札を持ってきてたんだよ」
「はぁ? そんなもんどこから手に入れるんだよ」
「知らないよ、自分で作ったかもしれないだろう?
で、そのお札どうするのか気になるんだろう。だから俺ずっと見てたんだよ」
さらに声が小さくなる。
「あいつ最初はぼんやりと天井を眺めたんだけど、急にビクンって体揺らしてお札を落としたんだ。すぐに拾うかと思ったのにそのまま固まっててさ、ちょっとこっち寄りに落ちてたから拾ってやろうかと思って机の下覗き込んだんだ。
そしたらさ、お札の真ん中がこう5㎝くらい裂けててさ、そこにでかい目玉があったんだ。
目玉がギョロッ ギョロッ って何かを探してるみたいだった。
俺、慌てて席に座り直してまたあいつを見たんだ。
あいつはしばらくしてやっとノロノロと動き出して、机の下に向かってかがみ込んだんだ。

……多分アレと目が合ったんだろうね。
また身体がビクンってなって
……一瞬、本当に一瞬
あいつの体が透けたんだよ」

一気にそこまでしゃべって彼の席に目を向けた。
つられて自分たちも彼の席をみる。

「その後すぐあの叫び声ってわけ。気が付いたらお札は消えてるし、あいつ泣いてるし、なんだか俺まで当てられたっていうか「大丈夫か」ってあいつの背中を小突いたんだ。
そしたらなんか、今でも全然わけわかんねーんだけど、ブワーッってすごい勢いで何かの映像? 記憶? みたいなの見せられて、もうパニック!
そのあと最後の挨拶までの間だよく覚えてないんだよね。
だからさ、もしかしたらあいつはもっと凄いの見て叫んじゃったのかなぁってな」

今は床にお札なんて落ちてないし、何の証拠も残っていない。
叫び声の理由もそいつの想像でしかないんだけど、オカルトブームでもあったからなんだかすんなりと飲み込めたっていうか納得できてしまった。



卒業式の後、しばらくしてから彼が病気で亡くなったと連絡があった。
だから彼が誰に何をしようとしていたのかはわからない。

でも、後ろの席にいた奴が「走馬灯ってあんなやつなのかな?」なんて漏らしていたから
もしかしたら彼は自分の最後を感じていて、誰かに自分の人生を知って欲しかったのかなぁ
なんて考えてしまう。

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異語り 夏瓜(かか)
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