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Dr.コトー診療所は儲からない

漫画『Dr.コトー診療所』は、沖縄の八重山列島にあるとされる架空の島、志木那島(しきなじま)を舞台とする医療ドラマだ。離島での過酷な医療状況を世間に知らしめ、美しい南の島から心温まる感動の物語をお茶の間に届け、原作も売れ、ドラマも大ヒットした。

この物語の主人公、Dr.コトーのモデルは実在し、鹿児島県にある下甑島(しもこしきしま, 現薩摩川内市)にある下甑手打診療所にて、30年間離島医療に携わってきた瀬戸上健二郎医師であると言われている。離島に診療所を開き、島民のために生活を捧げるというのは、崇高な理念と自己犠牲がないとやっていけないはずだ。

先日、瀬戸内海地方のある島に、島で初めての診療所を開設し、ひとりで離島診療をしている医師(A氏)とお話する機会を得た。氏は40歳代で、まだ若々しさの残るスポーツマンだ。学生時代は関東の某大学医学部に通い、ラグビー部に所属し体を鍛えていたという。卒業後は関東の病院で麻酔や救急の仕事をしていたのだそうだ。
40歳を過ぎた頃に、長年の夢であった離島の医療を開始すべく、縁もゆかりもない瀬戸内海の某離島に診療所を開設した。奥さんと子供(と自宅)は関東に残し、単身赴任で離島に来たという。看護師一名を雇い、関東から連れてきたという。(この事には触れない)離島での診療所は島民から大いに感謝された。

この話が美しく見えるのは、やはり島民がA氏の手をとって感謝し「先生、ありがとうございます」と頭を下げているている図が浮かぶからであろう。実際に開業当初、氏は島民から大きく感謝され、「よくぞ来てくれた。立派な若者だ」と歓迎されたそうだ。いままで島民が病院に通うには船を出して本土まで行かねばならなかったのだ。現在は島の中で診療が完結する。島民からとても喜ばれた。また、島の中に医師が居るというだけで、島民には安心が得られたという。

しかし、現実はこうだった。

離島での診療には限界があり、離島で処置できないような重大な病気や、急患は本土の病院に紹介することになる。本土の病院に紹介するためには、本土の病院といつも交流しておかないといけない。医師の世界でも「コネクション」は必要なのだ。A氏はその地域の医師会に所属することにした。医師会のトップに挨拶し、医師会に所属したい旨を伝えたところ、「開業医は入会金が○百万ね」とサラっと言われたそうだ。開業資金に財産を使い果たしたA氏に○百万を払えるはずもなく、A氏は入会金を「ツケ」にしてもらって医師会に入った。これでなんとか本土の病院とのコネクションもできたそうだ。

自分が理想の医療を行ってるA氏だが、離島医療の問題点は「儲からない」ということだと言う。一日外来を数十人診て、午後から往診(在宅医療)に行っても、看護師の給料を払うのがやっとで、とても自分に給料を払って家族を養って行くだけの儲けは出ないという。仕方がないので奥さんに働いてもらい、関東に残してきた家族は奥さんの収入でなんとか湖口をしのいでいるという。自分の給料は0円だそうだ。医師会への「ツケ」も当分は払えそうにない。この先、自分の理想の医療を追いかけ続けても、収入が増える見込みはないとのことだ。

人間は夢や理想だけを追って生きていけない。医者だってそうだ。今日の食事を賄うためのお金が必要だし、家族を養うにもカネがかかる。霞を食って生きていけるのは神様だけだ。
離島の医療を助けたいという崇高な理念よりも、人間にとってカネは大切なものなのだ。

医は仁術なりといい、医療をカネと結びつけることを毛嫌いするひとも居る。
しかし、カネについて語ること無く医療はできない。医には算術も必要なのだ。このことに目を背けて、医療の発展だけを求めても我々に未来はない。

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