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第172回 合成の誤謬

前々回、短期投資は「需給」だと書きました。
そこでちょっと話が逸れますが、「需要」「供給」について再度説明したいと思います。
「需給」と人の心理の関係について、ここでちょっと考えを深めてください。

最初に、小学生時代に習った江戸幕府8代将軍になった紀州家の徳川吉宗の話を思い出して下さい。
吉宗が将軍に選ばれたのは、尾州家の徳川継友が家康の玄孫に対して吉宗自身が曽孫で一代近かったというだけでなく、紀州藩の財政を立て直した手腕が買われたからだと教わりました。
ところが将軍になった吉宗は、幕府の財政の立て直しに失敗します。
享保の改革として教科書でもその内容を習うのですが、まさかその改革が失敗していたなんて、子供の頃は想像だにしていませんでした。

その失敗の原因は、寛政の改革や天保の改革にも共通することなのですが、国を挙げて倹約を奨励したことです。
江戸時代は鎖国だったと習うほど、諸外国との交易関係は非常に低調でした。
ですから、全国的な倹約は、国内経済を大きく縮小させ、破綻に導く以外の何物でも無かったのです。

- 倹約したら、お金は貯まるでしょう -

そう考えている人が多いと思います。
実際、吉宗もそう考えていました。
なんせ吉宗には、紀州藩の財政を再建したという成功体験があった訳ですから・・・・。
ところが、国家を挙げて倹約をしたら、お金は貯まるどころか、どんどん貧しくなってしまいます。
これが「合成の誤謬」と呼ばれる現象です。
小さい成功を積み重ねても、大きな成功にはならないということで「誤謬」と呼ばれています。

「倹約すればお金は貯まる」ということは、間違いなくあなた個人にとっては真実です。
そこで一番の倹約は、稼いだお金を全く使わないことであり、それは「自給自足」で生活するということに置き換えられます。
「自給自足」の生活なら、全てを自分で調達するので、他人から買う必要はありません。
逆に他人に調達したものを売れば、お金はその分だけ貯まることになります。

ここで以前の説明で用いた100人の「例えの村」を思い出して下さい。
そこであなたは、八百屋さんを営んでいると思ってください。
村人に野菜を売っています。
その野菜は、自分で畑を耕して収穫しているため、元手は「0」です。
つまり経営的に言うと、売上原価は「0」になる訳ですから、売上高は全て営業利益になります。

そんなある日、村人全員で倹約することを申し合わせました。
村人全員で、お金を一切使わず、貯金することに決めたのです。
みんなで富豪になろうという訳です。

すると、翌日からあなたの八百屋では、野菜が全く売れなくなりました。
なんせ、これまでのお客だった村人たちが「自給自足」をしてお金を使ってくれないのですから、売上高が「0」になってしまうのは当然です。
つまり、「自給自足」をするということは、「需要」を無くすということなのです。
ですからこの村では、全員が倹約目的でお金を使わなくなったので、「需要」が「0」になり、全ての店の商品が全く売れなくなってしまいました。
このため、あなたは自分自身で消費しきれない余剰に調達したモノは、全て不良在庫となり、最終的に廃棄するしかなくなったのです。

当然その後のあなたは、余剰に調達するようなことはしなくなるでしょう。
他の村人たちも同様です。
無意味に不良在庫を積み上げるよりは、調達しない方が得策だからです。

そうなると、村人たちの労働時間は減り、時間を持て余すようになるかと思われたのですが、現実は逆でした。
かえって忙しくなってしまったのです。
あなたは野菜を作ってさえいれば良かっただけなのに、お米も作らなければならなくなったからです。
更に、狩りや漁にも行かなければならなくなり、行く時間が無い時は、肉や魚を食べることを我慢しなければならなくなりました。
つまり、生活の為にしなければならないことが増えたのです。

特に魚好きのあなたにとっては、岸での釣りだけでは満足できませんでした。
船で沖に出て、マグロやカツオなどの大魚を釣りたいのですが、船を造る余裕がありません。
船が無いので、岸で釣る以外に手段は無く、結果的に小魚しか釣ることが出来ませんでした。

また、狩りに出て野牛を射止めても、大部分は腐らしてしまいます。
なんせ、1日で食べられる量には限りがあります。
干し肉にするにしても、1日でできる作業量や、天候に左右されてしまいます。
放置すると、肉には数日で蛆が沸き、食べられなくなります。
ですから、仕方なく捨てることになってしまう訳です。

お金を使わないことで貯まるものと誰もが考えていました。
倹約すれば富豪になれると思い込んでいました。
だからみんなで「自給自足」の生活までして、お金を貯めようとしたのです。
ところが、村人全員が「自給自足」をして倹約すると「需要」が無くなり、「供給」できずに利益が手に入らなくなりました。
手に入らなければ、貯めようがありません。
村人全体に溜息の癖が蔓延し、村の雰囲気が暗くなってしまいました。

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